土屋きみやす−ツッチーレポート

<< 前のページ

2010年9月2日(木) 11:33

幕末研究と最近の政治状況

 龍馬の政治思想を文章化したといわれる土佐海援隊出版の『藩論』に次のような文章がある。

 「唯落札ノ多キヲ以テ 偏ニ之ヲ挙ルト雖モ 必ラス適当ノ人物ヲ得可ラス」 と。

 「落札」とは投票のことで、「選挙で多数を獲得したからといって、当選した人が相応しい人物とは限らない」という意味である。
 何処かの選挙結果と当選した人のその後の評価をよく聞くが、ついその人を思い出してしまうのは私だけであろうか?

 龍馬は、上下二院制度と、特に下院のほうは選挙によって「封内庶民の選択」を考えていた開明的な共和制推進者だったのである。


 その龍馬を殺した刺客(“刺客”この言葉もあの選挙を思い出してしまうが・・・・・)京都見廻組の今井信朗のお孫さんが、昭和四十一年に『文芸春秋』に書いた「私の祖父が龍馬を殺した!」の文中で、「『ガトリングコン』という砲が出てくるが、注によると『三百六十発元込六穴ノ大砲』とあるから、猟銃の親玉みたいなものなのであろうが、西部劇でも見たことのない珍しいものだ」と書いている。
 しかし、ガトリング銃は有名であり、西部劇にもよく出てくる当時では最新式の機関銃である。
 幕末でも河井継之助の率いる北越長岡藩が官軍とたたかう際に使っている。
 じいさんもじいさんなら孫も孫である。だから刺客は嫌いだ、軽蔑する。

 河井継之助といえば、神奈川第十三区選出(比例復活ではない!)衆議院議員の橘さんと結婚式やパーティなどでお会いすると、彼の口から話題に登る。
 橘衆議院議員の両親は新潟長岡の出身で、私が河井継之助も尊敬しているのを知っているからである。
 更に、彼は会った時には「『為政三部書』も勉強しています」と言って私を驚かせ、喜ばせた。松下政経塾出身、なかなかの男である。
 残念なことにあの“バカ殿:鳩山由紀夫”の仲人っ子とのことである。

 今、民主党が面白い。
 菅さんとは以前大和駅頭で街宣車に同乗して、当時の県議候補者の時得君の応援演説を共にした記憶がある。何処かに写真も残っているはずだ。

 小沢さんとは面識は無い。昔、現職の自治大臣(今の総務大臣)の立場で、東京知事選挙の際、磯村という人を応援して「東京都の地方税を減税する」などと乱暴な応援演説をした人である事は覚えている。

 話はまた幕末に変わるが、私の尊敬する人物の一人に横須賀造船所を造った海軍の先駆者小栗上野介がいる。
 彼は、「不換紙幣を乱発すれば一時のしのぎはつくが、こればかりは、やってはならぬことだからなあ」、また「しかしわし以外に誰か他の者がきて天下をとったら、かならず紙幣を乱発して、その場しのぎのやりくりをして、そして滅亡するだろう」と言っている。
 「不換紙幣」を「赤字国債」に読みかえて見ると、今の民主党政権に当てはまる。
 このままでは、日本滅亡である。

 出でよ、龍馬、西郷、桂小五郎、高杉晋作、勝海舟、大久保一翁、安部正弘、小栗上野介、春獄、河井継之助・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 今の日本の政治家にはつくづく“人物”がいない。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2010年8月23日(月) 12:35

NHKの大河ドラマ“龍馬伝”について

 先般、「さがみ龍馬先生顕彰会」が発足して私が記念講演をした関係もあり、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を毎週みているが、まず私個人の感想では主役の福山某を始め、ミスキャストが気になる。
 野生的な坂本龍馬を演じるにはハンサム過ぎるし、彼の喋る薄い唇と話し方の口元が龍馬という大きな人物を矮小化してしまっている。
 龍馬をはじめ幕末の人々が多くの写真を残しているので、ヴィジュアル的にも気になるのであろう。
 岩崎弥太郎も同様である。役者としては評価するとしても、この役はミスキャストである。

 先日の講演でも話したが、NHKはリアルさを演出するのに、幕末をホコリと汚さと怒鳴りあいで表現出来ていると勘違いしている。安易な演出である。

 黒沢映画の篠突く雨と、疾走する馬や人々、低いカメラアングルには程遠い。

 岩崎の家や家族の場面などでは、時には不愉快にさえなる。

 ドラマとはいえ、事実に無い事柄や間違った場面も多く、気になる。

 最近では、新撰組の近藤勇が寺田屋に来てお龍に言い寄り、更に薩摩の西郷某と名乗る龍馬が部屋に入って、近藤の気を失わせるという場面まであった。
 更に、その近藤が龍馬を襲い、龍馬と一緒に寝ていた北辰一刀流の千葉定吉道場の重太郎と刃を交えたのには驚いた。
 こんな事実は、どこの資料でも読んだことはない。

 ストーリーの展開の中で「亀山社中」と「海援隊」も混同しているし、船や銃を必要としていた長州藩に薩摩藩の力を借りて実現させた社中の近藤長次郎が長州からの謝礼でイギリスに留学しようとして発覚した際、彼を詰問する社中の一人が「亀山社中は利益を求めないことになっている」といったのには驚いた。
 龍馬は亀山社中やその後の海援隊を、西欧の「カンパニー」として通商や貿易を海運業で行い、利益を上げようとしていたのである。
 利益を追求するのが社中(会社・カンパニー)設立の目的なのである。
 長次郎が長州藩からの謝礼金でイギリスに留学しようとした事が、私利私欲で動くことを禁じていた社中の規則に反したので、彼は切腹したのである。

 最近(8月末)、亀山社中(?海援隊)のユニフォームが白い着物と袴になってドラマに登場し始めたが、英国水夫殺害事件の時に嫌疑が掛けられるきっかけとなったのがこの着物なのである。
 しかし、このユニフォームは“白筒袖”であり、残念なことにドラマでは普通の着物と袴である。

 細かい事を気にしていたらイライラするばかりであり、(これはドラマなんだから)と自分に言い聞かせながら観ている。

 また日頃大変お世話になっている某大学の名誉教授がオープン・キャンパスでの講演の内容をCDにしたものを送って下さった。
 万延元年遣米使節150周年のお話で、私の知らない内容もあり、大変勉強になったが、まくらの部分(講演の導入部分)で、海援隊の構成メンバーが後の明治維新を象徴するように、「薩摩・長州・土佐の人たちだった」とおっしゃていた。残念ながら事実は違う。

 海援隊士はほとんどが土佐の出身(約16人)で、わずかに越前福井藩出身の小谷耕蔵と渡辺剛八など6人、越後長岡出身の白峰駿馬他1名、そして紀州和歌山出身の陸奥陽之助(維新後は宗光と称し、農商務大臣・枢密院顧問・外務大臣などを歴任、条約改正と日清戦争の外交指導に尽力)、讃岐出身1人がいたのみで水夫や火夫を入れて50人ほどで、その中に長州や薩摩の出身者は1人もいなかった。

 またその方は講演で、幾つかの藩とともに岩崎弥太郎が亀山社中の設立資本金を出資しているかのようなお話をされていたが、事実は逆である。
 亀山社中が海援隊となりその後は土佐藩の海援隊となったが、旧幕藩体制が終焉を迎えた時に、後藤象二郎が土佐藩の貿易商社である「土佐商会」と共に、土佐海援隊の資産も岩崎に移譲している。

 自分の研究している分野に関しては、いろいろと気になるのである。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2010年8月4日(水) 22:02

「言うまいと 思えど 今日の暑さかな」

 誰の句だか知らないが、この季節にはいつも「言うまい」と思っても口から出てしまう。
 この季節にピッタリの俳句である。

 私は真っ黒である。
 たまの(?)ゴルフ、ヨット、富士登山、孫を連れての屋外のプール、どれも日に焼ける条件は揃っている事柄が多い。

 さて、参議院選挙も終わって時間も経過したが未だに話題になる。
 先日の友人宅でのバーベキューのとき、友人の一人に「私は千葉景子さんに投票したよ、たぶん土屋さんは千葉さんだろうと思ったから・・・」と言われた。
 まあ、否定も肯定もしなかった。

 参院選の選挙前と期間中、千葉さんの選対本部長をしていた友人の横浜のH県会議員から応援要請の電話を頂いた。
 「この3年間一遍も会っていないので、ここで積極的には応援は出来ないが、私の名前で良ければ使っていただいても結構です」と返事をした。
 そしてひと言「法務大臣になって、千葉さん死刑執行に署名した?」と訊いた。
 もちろんしていないのをしていたから、尋ねたのである。
 死刑廃止が千葉さんの信念であったとしても、こうした偽善的な行動や発言は選挙には不利だからである。

 私は死刑廃止論も理解はする。
 が、現在の法制度の下では、法務大臣になる人は、たとえ主義主張が異なっても死刑を執行をするべきと考えている。
 死刑が確定している凶悪犯が生き続ける事に対して、その被害者の家族のやりきれなさを思うと、やはり確定した法の裁きは下すべきなのである。

 現在、千葉さんは落選をしてもなお法務大臣で居続けている。
 “潔さ”という点からは疑問符が付くが、法的には許されている。

 問題は、自分の選挙後に2名の死刑に同意し、執行したことである。
 まるで大臣に居座り続ける為、野党の追及の矛先を和らげる手段として、2名の命を使ったように、思えた。
 残念である。
 法務大臣として、それも議員選出の大臣の時に執行するべきであったし、廃止論者なら、落選後もその信念を貫くべきであった。
 法務大臣自身の保身の為に、凶悪犯とはいえ、2名の命が消えた。

 閑話休題:
 私の日々の生活は最近の青空のように晴天続きである。
 到来物の美味しい地元の野菜や、肉、魚、ウコッケイの卵などなどで、エンゲル係数は低いまま推移している。
 今日も20尾以上の鮎が到来した。
 それもスッカリ食べるばかりに美味しく栗のようにホクホクに塩焼きになって・・・。



 さて、8月6日は「立秋」である。
 朝夕の風は確実に秋風になり、日に日に秋が近づいてくるであろう。
 しかし未だ未だ“残暑”は続く。

 お元気でこの暑さを乗り切って下さい。

 「 言うまいと ・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・ 」

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2010年7月11日(日) 22:22

さがみ龍馬先生顕彰会の会報発行と講演の内容







 「さがみ龍馬先生顕彰会」の会報ができあがりました。
 全8ページの立派な会報です。
 今回の「ツッチー・レポート」の主な内容は、この会報の表紙と、私の記念講演を2ページに纏めた部分です。
 拡大して、是非お読みください。(画像をクリックすると拡大します)

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2010年6月24日(木) 23:16

忙しいのは参議院選挙?いえ、龍馬関連です。

 さがみ龍馬先生顕彰会での講演が終わり、ホッとしたのもつかの間で、その後も何かと忙しい。

 講演の当日、ジョン万次郎を大河ドラマかアニメに取り上げたいという某テレビ局の映像会社社長である知り合いから、『ジョン万次郎に学ぶ』という平野貞夫著の本を頂いた。
 読んでみるととても面白く、続いてAmazon.comで3冊ジョン万関連の本を取り寄せ読破した。ジョン万次郎は龍馬がアメリカの大統領制や議会制度など、民主主義の知識を始め、多大な影響を受けた人物である。



 講演の夜、大学時代のバンド「ブルーマウンテン・ボーイズ」OB会があり、その席で、後輩でノンフィクション作家滝田誠一郎君から、また著書『65歳定年時代に伸びる会社』を頂いた。
 いつもながら惚れ惚れするような彼の字のサイン入りである。
 申し訳ないが、いまだ私の頭の中は幕末なので読み始めていない。

 その後、私が関係する会社からの依頼があり、その会社の部長を連れて、東京農業大学の学長だった進士五十八先生を訪問した。
 先生は大和市在住で、現職の市長時代から親しくさせていただいている私の尊敬する学者(環境の実践家でもある)である。
 歓待をして下さり、多くの資料や奥様の描いた絵ハガキのみならず、著書『グリーン・エコライフ』(写真)、『ボランティア時代の緑のまちづくり』(写真)を頂いた。


 もちろん今回も為め書きと署名入りである。
 こちらも、ゆっくり読むつもりである。

 さらに、友人の片山氏は長崎土産として亀山社中の品々を買ってきてくれた。
 とりわけ嬉しかったのは、海援隊の出版物の1つである『和英通韻伊呂波便覧』があったことである。


 海援隊の出版物はこの他に『閑愁録』と『藩論』が確認されており、『万国公法』も出版する予定だったとのことである。
 海援隊は本の出版をしていた事とその内容からしても、巷間伝えられるよりはるかにアカデミックな海運と海軍を兼ね備えた総合商社だったことが解る。

 現在、「さがみ龍馬先生顕彰会」の事務局は、会報発行に向けて準備をしており、私の講演要旨や溝渕会長との対談など、私も忙しい。

 また、当日のビデオが届いたら、活字に起こし、講演筆記録を出版するつもりである。
 その時は、更に研究した論文も併せて掲載し、巻末に上記の海援隊出版書3部作の復刻版も付けるつもりである。

 しばらくは龍馬浸けである。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

<< 前のページ

土屋きみやす−ツッチーレポート
Counter

MySketch 2.7.4 written by 夕雨