土屋きみやす−ツッチーレポート

2009年07月の記事

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2009年7月25日(土) 23:14

上海紀行 3.

 3日目はいよいよ最後の日である。

 朝6時にさわやかに目覚めて、7時からスイミングとミスト・サウナ。


 またまた美味しい朝食に“箸迷い”ならぬ“目移り”。
 ゆっくり御馳走になり、女性群はO原社長お薦めの、オイル・マッサージならぬジンジャー・エステ(?)へ。

 O原社長と私は船で黄浦江を渡り、向こう岸の下町に。






 40度近い暑さの中でしたたかに生きる中国人の姿を見て、彼らの生命力を感じました。




 改装中の建物の足場は未だに竹組み。

 路上では魚、野菜、果物、肉類、お菓子類など、何でも売っています。
 これも食料(?)だと思いますが、“カエル”でした↓。



 また船でホテルに戻り、私は大急ぎでシャワーを浴び、昼食はお目当ての「シャオロンポウ」の店に。

 以前来たとき、別の会社社長夫人に連れて来てもらったのがこの店だったので、やはり1番なのであろう、今回もここを予約してあった。

 店の名は「南翔饅頭店」。豫園の側である。


 美味かった〜ぁ。写真を撮るのを忘れて、最後のほうに「はいチーズ」。





 ホテルに戻り、急いで荷物をまとめ、形ばかりのチェックアウト。

 (本当に何から何までお世話になりました)
 空港まで送るといわれたが、お目当てのリニア・モーターカーに乗りたいので、リニアの駅に送ってもらう。

 上海の空港まで15分程で、最高時速は431`を記録。





 日本のには数年前に試乗したが、ほとんど同じ感じでした。

 日本も山梨経由の大阪方面より、成田行きが欲し〜い。

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2009年7月15日(水) 09:10

上海紀行 2.

 翌10日は、素晴らしいお天気と時差が1時間だけなので、早々と目覚めました。
 (それにしても最近の携帯は、そのまま海外で使えるし、自動的に時差通りに調整されるし、小さく日本時間も出るし、で驚きです。)


 さっそく7時からホテル内のスイミング・プールで(貸し切り状態の)久しぶりの泳ぎ。
 (え〜、私の泳ぎもなかなかのもんだな、もう25mか)てな気分で、クロール・バック・平泳ぎなど、軽く3往復しました。
 あとで聞いたら、20mだって(やっぱり・・・)。

 爽やかな光の中の景色を望みながら朝食。
 普段はほとんど食べない私は、“中国の朝食と言えば”の”お粥”をいただきました。
 (それにグレープフルーツ・ジュース、モッツェレラ・チーズ&トマト、生ハム、ベーコン、卵白だけのプレーンオムレツ、ワンタン・スープ)  結局、結構いただきました。
 “オムレツ料理家”の私としては、卵白のオムレツは貴重な体験でした。

 そしてこの日は水郷の蘇州へ。
 蘇州博物館新館の設計は有名な建築家貝律銘氏。
 映画「ダビンチ・コード」にも度々登場したあのルーブル美術館のガラスのピラミッドやボストン美術館東館、香港中国銀行などの設計家の作品である。




 ここの博物館は入場無料、しかも撮影禁止なのにみんな写真をバチャバチャ。
 守衛さんはそこら中にいるのに、全然注意しない。
 管理がほとんど監視と看守のような日本との違いは、欧米で感じるのと同じでした。

 収集品は古代の発掘品から現代のアーティストのものまで膨大で、とても全部をゆっくりとは見られませんでした。

 近くのホテルで昼食を済ませ、今度は世界遺産の「留園」へ。
 近くに“中国四大庭園の1つ”である「拙政園」もあったが、その名の由来である「拙きものが政治を行う」には日本で日々体験をしてウンザリしているのでパスし、“世界文化遺産”の「留園」へ行きました。
 池に回廊、伝統楽器の生演奏、楼閣の透かし彫りや花窓、庭園、盆栽、様々なデザインの石畳などなど、38度の猛暑の中でしたが中国の庭園文化を満喫しました。







 それにしてもこの2つの庭園の他にも「滄浪亭」や「獅子林」の世界遺産、また「落月啼烏〜」で有名な寒山寺やシルク博物館など行きたい所ばかりだったし、猛暑のため運航中止だった船での運河巡りなども、次回の楽しみとし上海市内に戻りました。

 ホテルで汗を流した後、「1931」という小さいけどとても素敵なレストランでディナーをいただき、雑技団を見に。
 こちらは、当然写真は禁止。
 曲芸(サーカス)ですから、フラッシュは禁物です。
 その内容のレベルの高さとショーマンシップは期待以上の面白さでした。

 そのあと更に欲張って、“上海といえばジャズ”。
 有名な高齢者(平均年齢67歳)のジャズバンド「老年爵士樂団」を聴きに。
 お客さんが少なかったので、1曲50元のリクエストをどんどん頼みました。



 ホテルに帰ったら、帰りが遅くなったので、窓の外の百万ドルの夜景は消されておりました。


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2009年7月13日(月) 10:14

上海紀行 1.

 兼ねてからお招きされていた上海に行ってきました。

 むかし、私が経営していたメンズショップでアルバイトをしていたT海大学の学生だったO原君とはその後もお付き合いがあり、現在、彼は上海のホテルの社長なのである。

 51歳。もちろん日本人である。

 彼は大学卒業後、某建設会社に入社、リゾート開発の会社でホテル(北海道の「アルファトマム」やハワイ島の「マウナラニ」)などの建ち上げに関わり、JR東海からMビルに引っ張られ、六本木ヒルズでその手腕を発揮、今回の上海のホテル建設建ち上げからそのまま初代社長として、来年の万博の開発・再開発の鎚音高い上海で活躍しているのである。

 さて、空港に到着すると「土屋社長」と書いた紙をもったO原社長の社長車の運転手さんが迎えに来ていた。

 気温38度の猛暑の中をホテルに到着すると、外まで出てきたO原社長やS・K総支配人などが出迎えてくれた。



 部屋は最上階の88階のスイート・ルームである。

 同行した我が家の息子のお嫁さんには別の(ここで3人でも充分の)部屋を用意してくれていた。

 いつも六本木にお招きいただく時もスイート・ルームだが、改めてその素晴らしさと上海の街を見下ろすその景観に度肝を抜かれた。


 上海といえば「東方明珠塔」や「グランド ハイアット 上海」などの超高層ビル群だが、それらを上から見下ろす風景には感動さえ覚えた。

 そうそう、お招きを受けたホテルは去年の9月にオープンした「パーク ハイアット 上海」。

 ニューヨーク在住のトニー・チー氏のデザインは格式高い中国の邸宅がモチーフで、上海杯球金融中心の79階から93階にある世界最高層のホテルである。

 さっそく、部屋に荷物を置き、ホテル内を案内してもらった。

 28階の模型室を見学してから、連日行列・入場制限の大人気の展望台へ。


 100Fで474m(O原社長と)の高さと地上をはるか下に見下ろす景色も得がたい体験。


 その後、社長車で、秘書のCさんに案内していただき豫園(よえん)へ。


 ここは私が4年ほど前に既に行っているので、今回は入口から見て中はパス。


 続いてフランス租界の雰囲気がとても良く残る新天地へ。




 秘書のCさんとツーショット。


 途中、中国共産党が1921年最初に第一次全国大会を開催した会場(現在は記念館)で、反共産主義者の私が“はいポーズ”。



 ホテルに帰り、一休みしてからディナーは91階のレストランでとてもおいしい夕食と夜景を楽しみました。


 それにしても「今日の私があるのは、むかし社長(私のこと)からいろいろと教えていただき、叱られたり注意を受けたからです」とは、チョッと言い過ぎでしょう?

 まあ、そういえば私が乗っていたVWのタイプ3(その中でも、カルマンギアーに似たスタイルのとても良い車だった)を、無償で譲った事もあるほど可愛がっていたから、良いか。


                 ーつづくー

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