土屋きみやす−ツッチーレポート

2009年12月の記事

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2009年12月30日(水) 18:06

天皇の御座所は東京?京都?

 民主党の小沢さんが宮内庁と“100日前ルール”で諍(いさか)いをしていた。

 2012年の中国共産党大会までにあの習近平という人が無事に国家主席になればい良いが、もしならなかったらどうするのであろう?
 今回の天皇陛下の特例会見で箔を付けて中国国内の権力闘争を有利に運ぼうとするのであったとしたら、“天皇制と中国の過去の歴史”の解釈も今後は変えていただかなければ困る。
 日本の天皇の存在は、外交面ではもちろん、外国の国内問題にまで大きな影響力があるということの証明になるからである。

 ところで、「天皇の政治利用」が起きるのは、天皇が東京にいらっしゃるからである。

 そもそも、明治維新後”天皇親政”という政治体制、すなわち明治天皇が政治に関与することによって、(錦の御旗の元で)日本は治まっていた。
 しかし、1945年の以降の新憲法下で、我が国本来の姿である“天皇不親政”になったのであるから、むしろ天皇は日本文化の象徴として京都にお戻りになるのも考えるべきであろう。
 歴史的には、そもそも正式に“遷都“はしていないのだから・・・・・。
 これに関しては拙著『新首都論』(かなしん出版・1300円)のP77〜109をお読みいただきたい。


 拙著に書いたように、幕末、都をどこにするか大いに議論があった。
 西周は「公府ヲ大坂被云々」と言い、真木和泉も大坂遷都を、大久保利通も大坂遷都を主張した。
 佐久間象山は彦根動座論を提案したりと、当時大いにに論じられた。
 大久保利通に対して「大久保君に与えて東遷を論ずる書」という手紙を著した前島密の名文を是非お読みいただきたいが、これによって江戸遷都は決まった。
 首都機能が東京になったことと、天皇が御座を動かす“遷都”とは別に考えるべきである。

 ところで私の大学の講義の中で、明治新政府が東京を首都としたテーマに関して、天皇の“遷都”が正式に成されていないことを話した。そして、未だに我が国は正式に東京に“遷都”をしていない事で、大学生たちと意見を大いに交わした。

 これからも東京が日本の中心である続けることは重要であるが、天皇は京都にお戻りになり、国賓には京都に参上していただくのが良い。

 今回の一件をきっかけに、これからの天皇の正式な御座所や遷都について、我々日本人は議論するべきであろう。

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2009年12月18日(金) 11:08

大学の秋季講義、無事終わる。

 全10回の大正大学の秋季講義「 まちづくり(地方自治)はおもしろい概論 U 」が無事に終わった。

 全10回のうち2回(第8日目と第9日目)は明治大学政経学部と15分のインターバルでハシゴをする講義(第3次限目を駿河台、第4時限目が西巣鴨)という慌ただしさだった。
 幸い両大学のご厚意で、明治を5分早く切り上げ、大正大学は5分遅れるということで無事に済んだ。
 それでも、2大学のハシゴの1日目は真夏ような気候のマレーシアから帰った翌日。
 2日目は風邪でガラガラ声での講義であり、よくぞ無事に終わったものである。

 大正大学の最終日には、すでに単位取得の規定日数をクリアーしている多くの学生までもほとんど受講した。
 終わってしまうのが寂しいような良い学生ばかりである。

 以下、何人かの学生の、感想の幾つかの、それも一部分のみを紹介する。
 個人情報に属するので名前は伏せて学科とイニシャルで表示する。

 「まちづくりのことをいろいろ知ったので今後の進路に活かしたいと思っています。今回で授業最後ですよね?ありがとうございました。毎回のコメントに対する先生の答えが勉強になり、授業を受けていて楽しかったです。」(社会福祉学科 R・A)

 「今回が最終講義ということで、風邪という体調不良中、休まず講義して頂いたり、様々な新聞記事や本などから資料を用意して頂き、とてもわかりやすく、興味深い話が沢山ありました。この授業のおかげで、私自身、少しずつではありますが、ニュース番組や新聞に目を向けるようになりました。又、先生は実際に市長として活躍されていた方なので“まちづくり”について語られる内容に真剣さ、真実味、情熱などをより感じられました。最後に、大変“為”になる講義ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。」
(表現文化学科 Y・M)

 「今日まで、いろいろな沢山のことを教えていただき本当にありがとうございました。
 先生から教わったことは絶対に忘れることはありません。何故なら、私の知識を高めていただいたからです。先生の熱心さが毎回伝わってきて、私も真剣に授業に取り組むことができました。」
(人間科学科 N・G)

 「秋学期の間ありがとうございました。風邪を引きながらも、休まず授業をやっていたのはすごいと思いました。将来、政治家をやってみたいと思っていたので、政治に大切な地方自治をわかりやすく説明してくれたので良かったです。」
(教育人間学科 M・I)

 「ありがとうございました。今後の私の人生に先生の教えを頭に入れ生活をしていきたいと思います。」
 ( 人間科学科 Y・U)

 「たくさん政治のことが学べました。日本の過去の政策や、外国のまちづくりの話など、今まで聞いたことのない話ばかりだったのでとても新鮮でした。 中略 楽しい授業を毎週ありがとうございました!」
 (表現文化学科 N・I)

 「先生の授業は私たちの質問に答えてくれるだけでなく私たちの意見や質問をもとに授業をしてくれて初めは難しい授業だなと思っていたのですが興味を持つことができました。また、自分だったらどのようなまちづくりをするかな、どんなまちにしたいかなと考えるのはとても楽しくてわくわくしました。それに海外の田園都市には工夫が沢山あって、まちの風景を想像すると興味がわいてきて先生がおすすめしてくれたまちに行ってみたくなりました。今まで沢山の楽しみや興味を与えてくれた授業なので終わってしまうのは残念ですが、これからは自分でまちづくりについて調べたいと思いました。」
 (アーバン福祉学 R・I)

 「10回に渡り、グローバルな視点で考える貴重な時間でした。ありがとうございました。」
 (アーバン福祉学科 Y・K)

 「今まで知らなかったことを多く学べたのでこの授業をとってよかったです。ありがとうございました。」
 (社会福祉学科 M・U)

 「講義を聴いていて、まちづくりのことなんて何にも知らなかったし、聴いていて意外と面白かったです。あと、先生はささいな質問でも答えて下さるので、そこが好きでした。」
 (教育人間学科 A・T)

 「この講義で学んだことをさまざまな形で活かしていきたいと思います。ありがとうございました。」
 (歴史文化学科 M・I)

 「土屋先生、興味深い講義ありがとうございました。これからの人生に繋げていきたいと思います。」
 (人間科学科 A・T)

 「この授業を受けて、まちづくりに対する色々な人の考えを知ることが出来ました。もし、この授業を受けなかったら知らないままでした。田園都市とは何か、都市計画とは何か・・・。疑問に思うことが詳しく先生が説明してくれてわかりやすかったです。中略。まちづくりに関する話を、初めのころより今はすごく興味深いです。もっと勉強したかったです!短い間でしたが、ありがとうございました。」
 (臨床心理学科 Y・Y)

 「先生のこの授業は春学期から受講していましたが、本当に色々なことを勉強することができました。中略。素晴らしい授業をありがとうございました。」
 (社会福祉学科 N・K)

 「今日で講義が最後だと知り、少しさみしくなりました。 中略。私にとってはわかりやすい講義でした。まちづくりについて新しい知識を得ることができてよかったです。 ありがとうございました。」
 (教育人間学科 M・S)

 「松下村塾のお話を聞いた時に、確かに優れた人がそこにいたからではなく、“教育”が素晴らしかったからこそ、あれだけ有名な幕末志士が生まれたんだなと思いました。自分の学科にとても関係があるので非常に興味がありました。私たちの暮らしを豊かにするための“まちづくり”について学べ、とても良かったです。ありがとうございました。お身体には気を付けて下さい。よいお年を・・・。」
 (教育人間学科 E・H)

 「後藤新平が台湾で行った都市政策についてや烏山頭ダムを築いた八田与一のこと、それから植民地政策の見方についても良く分かりました。この授業で歴史のまちづくりについて良く分かりとても面白かったです。この授業で学んだことをこれからにもいかしていきたいと思います。」
 (歴史文化学科 G・M)


 こうして紹介していると受講生全員のその全文を紹介したくなるが、この程度に留める。
 これら大学生の感想文から、私の講義内容と雰囲気を御理解いただければ幸いである。

 “最近の若い者は・・・”とよく言われるが、なかなかどうして、 “立派で、将来が楽しみな”大学生ばかりであった。

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2009年12月13日(日) 22:19

忙しい日

 いろいろなスケジュールが重なる日というのはあるものだ。
 12月12日はとても忙しかった。

 まず朝5時半起床、6時から菩提寺「曹洞宗茲雲山大林寺」の暁天座禅に参禅。


 五百羅漢堂で面壁約1時間。
 本堂で般若心経を唱え焼香・礼拝の後、庫裏(くり)でお粥(写真)を戴いた。

 

 いつもは茶菓だが、12月は永平寺の修行僧のように“五観の偈”というのを読んでからお粥を御馳走になる。

 そのまま横横道路を一路葉山マリーナへ。
 9時からの今年最後のヨット。
 昨日の雨がウソのような晴天。


 富士山にはすそ野方面まで雪が降り、

   ♭:眞白〜きィ、富士の峰ェ〜、緑のォ〜、江の島:♯

 という景色。
 暖かくてとても気持ちのよいクルージングでした。

 そして、この12月は若手グループと合同のヨットレースをおこなった。


 我が第3号艇は、スタートのフライィングで、リコール(失格)。
 (市長在任中の12年間にリコール(解職請求)なんて無かったのに・・・。)

 そして恒例の打ち上げバーバキュー。
 さんざん(ジンジャエールを)飲んで、御馳走を食べ、急いで大和に帰り今年最後のライヴへ。

 「林間倶楽部」は相変わらずの常連を中心に満席。
 途中で、外の看板を見て入ってきたグループもお断りの大盛会でした。
 ステージも45分2ステージの予定が1時間2ステージの大乗り乗りでした。
 喉風邪もすっかり治り、大いに唄い、演奏をさせていただきました。

 終わってから我が家に移動、打ち上げと忘年会とクリスマスとメンバーの還暦祝いで、夜遅くまで楽しい時間を過ごしました。

 朝5時半起床、午前2時就寝の一日でした。

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2009年12月11日(金) 13:34

近況と最近思うこと

 真夏のようなマレーシアから冬の日本に帰ってきたからか、庭で焚き火を焚いたり、ハンモックを吊って秋の暖かい日差しの中でうたた寝をしたからか、先日の日曜日(6日)頃から声風邪をひいてしまった。
 ガラガラ声以上に声が出なかった。

 まるで小話の「鯉濃(こいこく)」のように、小声で話す数日だった。
 (「鯉こく」の小話ご希望の方はお知らせください。機会がありましたら円生の物真似でお聴かせいたします。)

 火曜日(8日)は明治大学政経学部の第3時限目と大正大学での第4時限目の講義のはしごであり、日・月とカラシの湿布を喉と胸にして、何とかガラガラ声なら出るようにして講義は無事終了した。

 土曜日(12日)は今年最後のライヴがあるが、なんとか唄えるまでには回復しつつあるが、早朝座禅と今年最後のヨットの日でもあり、忙しい一日になりそうである。

 さて、明治大学での講義のイントロ(導入部)で、鳩山総理(弟も)は贈与税を払わないと政治資金規正法違反で公民権停止になると話したが、贈与税を払うとの報道に接した。
 どちらにしても良い話ではない。

 明治大学でのイントロの主要テーマは“三権分立”であり、立法府の政党と内閣の関係を最近の具体例で話した。
 民主党の幹事長と総理をはじめとする内閣、社民党首と大臣という1人の政治家の中での“仕分け”などである。
 “仕分け”をきちっとしないと、分立の大原則が崩れていく危惧を感じる。

 それにしても最近の基地問題に関しては、総理、防衛大臣、他の大臣、評論家、などなど、無責任で無理ななご意見も散見される。
 「普天間の海兵隊を嘉手納へ」という話に驚いた話は既にしたが、最近の「グアムか硫黄島へ」という話には、厚木基地の存在する大和市の1市民としてのけぞった。
 この大臣(否、党首は)硫黄島の実態を御存じないのか?
 まあ、実現はしないけれど、もし実現したら厚木基地はドラスティックに(悪く)変化しますなぁ〜。

 外交も変化している。
 田中派主流の小沢さんは親中国、日ソ国交回復の鳩山一郎さんのお孫さんはロシア重視、対米重視だった小泉さん他自民党へのアンチテーゼか、今や日本は大きく変わりつつある。
 大正大学で後藤新平にtづいて講義をしている私としては、今後の日本の行く末を案じている。
 オバマさんのノーベル平和賞受賞も、今回の受賞時の演説も?である。
 アメリカのアフガニスタン介入を正当化しているような内容の報道だった。
 「現状の世界では未だ紛争も戦争もあるが、戦争や紛争のない世界を希求する」と言ってほしかった。
 ブーイングが起きなかったのも残念である。

 国債の発行、子供手当の地方自治体への押し付けなど、鳩山政権も問題山積である。
 以前、細川内閣は対米問題とお金の問題(佐川急便事件だったかな?)で崩壊した。
 でも大丈夫、鳩山さんのの後にはチャンと菅さんが控えている(選挙を経ないと民主党は自己矛盾を起こすけど・・・)。

 タイガー・ウッズの報道にも驚いた。
 11人とか、ホールアウトまで残り7ホール。
 (オッと相変わらず一言多かった。)

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2009年12月2日(水) 22:47

マレーシアに行ってきました。

 半導体の会社に勤務している息子がマレーシアに赴任となり5ヶ月、遅れてお嫁さんが行って2ヶ月が経過しました。
 お嫁さんに「お父さんとお母さん来て下さい!」って言われ、喜んで行ってきました。

 マレーシアはインドのようにイギリスから独立した時の経過から親日国家で、マハティール首相の積極的な政策実現により、日新月歩の発展をしている文字通りの「発展途上国」です。
 (そういえば“マレーの虎”と言われた尊敬する山下奉文大将の有名な逸話はここ?)

 まちづくりではニュータウンの研究書に紹介されている「ペタリン・ジャヤ」と首都機能を移転している「プトラ・ジャヤ」を息子の車で視察しました。

 朝食や夕食もお嫁さんが開拓した屋台のお店で楽しみましたが、涼しい風の吹き抜ける所での美味しく安い食事に大満足でした。

 その他、私の大好きな市場やゴルフ、家内はショピングやエステへと、息子夫婦が企画をしてくれたスケジュール通り、ただただ車に乗っていけば良いという、贅沢な3泊4日でした。
 更に費用も全て息子夫婦持ち!!!

 幸せな旅行でした。



上海に行った時に、迎えに来てくれた上海パークハイアットホテルの社長車の運転手さんが「土屋社長」で迎えてくれたことを、真似た息子のお嫁さんの洒落たウイット



東京タワーのようなKLタワーからまち全体を見た時のスナップです

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