土屋きみやす−ツッチーレポート

2011年07月の記事

<< 前のページ

2011年7月25日(月) 19:11

8月14日は皆さんで教会へ・・・。


 


 8月の中旬の日本社会は旧盆の真っ盛りであり、夏休みの方もいらっしゃると思いますが、今年の8月14日は是非とも大和カルバリーチャペルにおいで下さい。

 ここに掲載したパンフレットにありますように、大和YMCA運営委員会主催の「やまと平和を祈る集い」なのですが、なんとカトリックの教会もプロテスタントの教会も賛同して、写真家の江成常夫さんを招いてのご講演会なのです。

 大和カルバリーチャペルの大川牧師が我々のバンドを推薦してくださり、私たちが出演させていただくことになりました。

 第一部が我々の演奏と歌、第二部が平和への祈り、そして第三部が江成さんのお話なのです。
 私も江成さんとは以前から交流があり、弟さんは高校時代の同級生です。

 皆様、ぜひおいで下さい。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2011年7月21日(木) 13:05

世の中は本当に狭い。

 先日、「土屋きみやすを囲む会」という集まりが我が家で行われた。

 大学時代とは若干異なる(もう少し古い、従ってマイナーな)ジャンルの音楽(オールド・タイミー&ジャグ・バンド)を大学卒業後に少しやっていた(バンド名は 「1920th Medicine Show Infamous  Family Jug  Band 」という長い名前)が、当時、横浜開港記念館でのコンサートに出演した時の音源(当然オープン・リール)を保存している人がいて、CDにプリントしてくれた事があった。

 その頃の事を知っていたり、その手の音楽が好きな人たちが我が家にお出でになったのである。

 10数人の内、始めてお出でになった4人の、何と3人と不思議なご縁があったのである。

 お一人は、私の英語の学校(英語教育協議会・通称ELEC)時代の友人と同じ職場(学校・M大N野高校)で教鞭をとっているのである。
 当時その古い友人とは比較的仲が良くて、スキーや東北3大祭り巡りの旅などを一緒にし、現在もお付き合いをしているのだが、その友人が「私の友人にも同じ音楽をやっていた人がいる」と話したことから、共通の友人と判明した。

 もうお一人は、「お仕事は?」と訊いたら、「半導体の会社です」というので会社名を訊いたら、何と我が家の息子と同じ会社なので驚いた。

 そして3人目である。
 航空宇宙学の学者で、40年数年前の横浜開港記念館のコンサートの関係者の一人でもあった。
 お礼のメールで、御自身の御両親の家も我が家のような昔の古い日本家屋だったという話から、ナント!母親同士が相模原磯部の荒磯尋常小学校時代の同級生だったということが判明したのである。
 尋常小学校時代の写真、名簿、同窓会の写真などをメールで送って頂き、改めて世間の狭いことに驚いた。

 更に県立厚木高校の話になり、厚高から東大に進んだ化学者の溝呂木勉さん(「溝呂木ーヘック反応」で有名)はお母様の実家とのことで、またまた驚いた。
 この方が御存命であったならば、今回のノーべル化学賞の3人目は溝呂木さんだったろうと云われている。
 (厚木高校のHPをご参照ください)

 まだまだいろいろな関わりがメールで続いたが、本当に世間は狭いし、つくづく、「悪いことは出来ない」なぁと、実感した。
 (尤も、悪いことはしていないからこそ、こうして嬉しい人間関係が拡がって行くのである。)

 季節は将にお盆、“ 人触れ合うも 他生の縁 ” である。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

2011年7月6日(水) 22:26

最近の事など。

 ブログの更新をまめにやらないと見てくださる人が少なくなるので、がんばろうと思っています。
 それでも、アクセス数が増えたり、コメントを書き込んでくださるとやる気が出てくる。

 さて最近の事だが、あの数日(すなわち10日以内)で復興相をやめた松本龍とかいう議員、ニュースで見る限りでは「チンケな野郎」だと思った。
 祖父と親父の地盤と、何かで重くなったカバンでバッジを付けているけれど、あの言い草はないですよね。

 西暦2000年の地方分権推進法以来、国と地方は「対等・協力の関係」になったはずなのに、そんな化と知らないのか、とにかく、自分を何様だと思っているのか、見識と人格まで疑ってしまう。

 もっともこういう人種、すなわち、恐怖政治を行う首長になったり、バッジを付けたら急に横柄になったり、大臣になってSPをゾロゾロ従えて得意げにスポーツ・センターに入ってくる手合い(オッと、誰だか判っちゃう)は近くにもいるけれど、その最悪の部類でしたね。

 私の現職時代だって、お客さんをまず応接室に招き入れて、私は後から入って行きましたよ。VIPでさえも公室で待っていていただきました。

 まあ、それ以上の対応といっても、エレべエーターまでお見送りするか、車までお見送り、ですね。

 そうそう、神奈川ゆめ国体の時の天皇・皇后両陛下は、スポーツ・センターの玄関でお迎えいたしましたし、お帰りにはお車までお見送りいたしました。

 大臣だからって、何様だ!
 それにあの言葉使いは、ヒドイ!

 と思っていたら、いなくなちゃった。


 さて私といえば、大学の講義用レジュメと試験問題、8月に依頼された安岡正篤先生関連団体での講演準備などなど、やらなければならない事が沢山あるのに、昨日は大山登山をしてきました。

 近く予定している富士登山の足慣らしで、男坂を下社まで行き、馴染みの茶店(向こうは知らないかも)で一休みしてから頂上を目指しました。



  途中、寛永通宝を拾いました。「寛永通宝」という文字と裏の波の柄が見えます。江戸時代の参拝者に出会ったような感動でした。

 頂上でオムスビを食べ、汗びっしょりのポロシャツを脱いでTシャツに着替え、一休みしてから見晴らし台方面を下山、また下社の茶店に寄ってカキ氷を食べ、下りは女坂を通て大山寺(不動明王)で不動明王の真言“ ノウマク サンマンダ バアザラダン センダ- マアカロシャーダー ソワタラ ウンタラ ターカンマン ”を3回唱え、帰ってきました。



 途中、木の皮を食べて枯らしてしまうという事で悪者扱いされている野生のシカに2回、3頭出会いました。でも草を食べているその姿は、可愛くて、とても綺麗でした。

 翌日の今日は、近くのゴルフ場に行き、18ホールをスルーでラウンドしてきました。

 暑い日々を元気に過ごす秘訣は、どんどん外に出て、たっぷり汗をかき、ガンガン水を飲み、夜はぐっすり眠る事です。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(2)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

<< 前のページ

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨