土屋きみやす−ツッチーレポート

2011年11月の記事

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2011年11月25日(金) 16:42

戒石銘と日米の地位協定について。

 まず、前回「戒石銘」についての説明をするという予告をしたので、簡単に説明する。

 戒石銘とは現在の福島県二本松市にある石碑で、公人として心すべき言葉が彫ってある。
 江戸時代、二本松藩主の丹羽高寛公が藩儒岩井田昨非の進言を受け、藩士の戒めとして刻ませたもので、国指定史跡として現存している。

 そこには、「爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺」の16文字が刻んである。
 すなわち「爾の俸 爾の禄は 民の膏 民の脂なり 下民は虐げ易きも 上天は欺き難し」という言葉で、意味は、「お前が頂く俸禄(報酬)は、民の汗と脂の結晶である。民は虐げ易くとも、天(神・オーソリティ)を欺くことはできない。」というものである。

 私は市長現職時代、市の職員に公務員たるものが心すべきものとして何度かこれを紹介した。

 残念ながら、贈収賄事件を起こすような職員には、通じないかもしれない。
 むしろこのような公務員にはもっと次元の低いお話、たとえば「懲戒免職になれば、たった数十万円の収賄で将来貰えるであろう数千万円の退職金がパーになる」ことの馬鹿馬鹿しさを教えるべきであろう。

 さて、前回のブログで、この大和市の謝罪会見をテレビで偶然見た時の心境を、「まるで天か神のような偉大な存在によって私に知らせるが如き瞬間」と書いたが、こうした不思議な出来事に多く遭遇する。

 たとえば、大学の講義にぴったりのニュースや出来事が、いつも起きるのである。
 受講生募集(今回の秋季なら夏頃)の時に既に毎週のテーマを決めているので、いつも感じることだが、不思議である。
 次回11月29日のテーマは「「まちづくりとインフラ整備」である。
 残念だが大和市の土地区画整理事業とこの贈収賄事件にもふれなければならない。

 又、前回のブログの中で、米国務省元日本部長のケビン・メア氏の著書『決断できない日本』を紹介した。文中、「ほとんどの記述箇所に関して、私はメア氏の立場と主張を支持する」と書き、次に「(日米地位協定以外は・・・。)」と付け加えておいた。是非もう一度ご覧いただきたい。
 そして昨日(11月24日)のニュースと今日(11月25日)の新聞報道である。
 読売新聞の1面トップには「米軍属 日本で裁判可能に 公判中の重大事故 地位協定 運用見直し」とあった。
 昨日と今日のこのニュースも、オーソリティ(天か神)が私のブログに呼応して日米地位協定問題を取り上げたように感じた。

 メア氏は本文中で、「日本では、罪を犯した米軍人が公務執行中である場合を除き、原則として日本の法律が適用され、日本の裁判所が裁くことになっていますし、決して一方的に日本側に負担を強いる内容のものではないのです。」と書いている。

 私の永年の主張は日米地位協定の第4条のDの3の見直しである、すなわち、「身柄引き渡し条項」である。

 江戸時代末期、徳川幕府(その時の実質的な権力者は大老井伊直弼)が日米通商条約を天皇の勅許を得ずに結んだことが倒幕・尊王運動になって行くが、もう一つの倒幕の大きな原因が、この不平等条約なのである。

 片務条約・不公平条約を改定もせず、相手国に唯々諾々としているのは独立国としてあるまじきことであり、戦後の歴代内閣の責任は重い。

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2011年11月22日(火) 18:34

最近読んだ本と、大和市の不祥事について



 10月後半から11月中旬にかけて、町田市の皆様への講演、地元下鶴間の皆様への講演、相模原市の皆さんへの講演等が続いたが、その間に読んだ本(5冊・写真参照)と内容や感想を先ず書いてみる。

 最初に、我が菩提寺である大林寺(横浜市緑区長津田)の開基である岡野融成江雪という人物に関する本2冊『泰平の彼方へ』と『岡野融成江雪』。

 菩提寺の執事さんから頂いた、『泰平の彼方へ』という小説は小田原北条(鎌倉の執権北条歴代と区別するために、俗に後北条と呼称する五代続いた北条家)の後半に仕え、その後、秀吉、家康にもその人物を評価され、仕えた岡野融成江雪の事が書かれいるので、興味深く読んだ。
 作者は小田原土木事務所にも在職していた神奈川県の職員の稲川眞人という方であるが、とても良く調べており、小説とはいえ、大変勉強になった。
 この著者は居合道を能くされる故、刀に造詣が深く、江雪から秀吉→家康→紀州頼宣に伝わった名刀“江雪左文字”(現・国宝)の事も詳しく書かれている。

 更に、私と大林寺の総代仲間である井上氏の奥様・井上美保子さんが書いた『岡野融成江雪』を改めて読んだ。この本は史学的にも完成度の高い歴史研究書で、以前頂戴した時、すぐに読了したのであるが、何処かにしまい込んでしまい、又、頂戴して読ませていただいた。執筆者の井上美保子さんは、鶴見大学付属中・高校や神奈川学園中・高校で先生をされており、彼女が嫁いだ井上家は岡野家に仕え、江雪の古文書などを管理している大林寺開山以来の檀家である。

 ちなみに、講演をさせていただいた町田市観光コンベンション協会の皆さんも大林寺と岡野江雪には多大な関心があり、今後、大林寺や岡野江雪をテーマにした勉強会も考えているとのことである。

 次に読んだのは、経済産業省で改革派官僚として活躍をしたために閑職(窓際)に追われ、最近、遂に辞職を迫られた古賀茂明氏の『官僚の責任』である。
 この本と著者に関しては、ご存知の方も多いと思うので、内容の紹介やコメントは省略するが、我が国の将来を憂慮する方や、政治・行政・官僚に関心がある方は是非お読みいただきたい。

 続いて、市長現職時代に何度かお会いしたケビン・メア(当時:駐日米大使館安全保障部長)氏の『決断できない日本』を読んだ。
 この人は、大の親日家で福岡の主席領事時代からその後も、締め込み(ふんどし)姿で博多祇園山笠を担ぐという、愛すべき人物である。

 この本の圧巻は、福島第一原発事故後、アメリカからの支援である「トモダチ作戦」のオファーに対する日本側の回答である。
 アメリカの支援申し出(提供できる品目のリスト送付)に対する日本の回答の部分を以下に引用する。
 「日本政府はどの支援品目が必要という回答ではなく、長々とした質問が繰り返されてきたことがありました。たとえば、支援リストに無人ヘリも記載されていましたが日本側はその性質や特徴に関する事細かな質問や、放射能で汚染された場合の補償はどうなるのかといった暢気な問い合わせを返信してきたのです。」

 また「御巣鷹山での悲劇」として、衝撃的な事実が書かれている。
 JALの御巣鷹山墜落直後、在日米軍は夜間行動をとることのできるヘリと夜間スコープを持つ捜索救助部隊の出動応援を申し出たのに、日本政府に断られたというのである。
 のちに自衛隊のヘリに吊り上げられ救助された少女が、「暗くなる前にはたくさんの人の声を聞いた」と証言していた、というのです。多くの助かる人命がここでも失われていた。

 御巣鷹山でも福島原発事故でも、政治の決断ができない、だれも責任を取りたくない、という日本の政治の実態がこの本に証言されている。

 この本の主題は沖縄問題をはじめとする基地問題・日米安全保障上問題に関することで、メア氏の発言に関する共同通信社の意図的な報道に反論したのものであり、横須賀や厚木基地、特に私の市長時代に方向性を実現した空母艦載機部隊の岩国基地移転問題など、ほとんどの記述箇所に関して、私はメア氏の立場と主張を支持する。
 (日米地位協定以外は・・・。)
 どこかの組織で、是非メア氏に講演をお願いしたいものである。
 彼は日本語が堪能であるから、日本語での講演も可能であろう。

 さて、最後の一冊。
 神田の古書店の店先にある100円コーナーで買った『幕末の長州』である。
 田中彰著で、サブタイトルは「維新志士出現の背景」とある。
 この本の中で、大いに勉強になったのは村田清風による長州藩天保改革の内容と、その後の坪井九衛門の改革案などであり、さっそく大学の講義にも「現在の日本やギリシャ、イタリアなどの財政改革の参考として」として引用した。

 他にも、薩摩と長州の交易の関係や、奇兵隊のその後(他の諸隊から大村益次郎による帝国日本陸軍に至るまでに与えた影響など)、龍馬斡旋の「商社示談箇条書き」、更には現在の私の研究テーマに関する示唆など、たった100円で多くの知識とアイデアを得た。

 これらの5冊の本から、役人(江戸時代の藩士・公務員・官僚など)について、いろいろと勉強をしていたら、大和市の贈収賄事件のニュースが飛び込んできた。
 本当に不思議な事に、普段ほとんど見ないTVKを観ていたら(というよりチャンネルをガチャガチャ回していたら)、突然、見知った顔が“謝罪会見”をしていたのである。

 まるで天か神のような偉大な存在によって私に知らせるが如き瞬間であり、副市長や担当部長などの顔が、私の知っていた頃とは全く違う人物に映っていた。

 市民・納税者からお預かりした大切な税金を、市民・納税者の為に使うのが基本であることは「戒石銘」で現職時代、何度も職員に訓示してきたのに・・・・・・・・・・・・・・。
 (「戒石銘」の内容については、次回ご紹介する。)

 因みに、私が市長をしていた3期12年間、テレビカメラに向かって頭を下げるような不祥事は一回もなかった。


 管理者たる者の管理・監督責任とは非常に重いものであり、こういう犯罪という不祥事は絶対、未然に防がなければならない。

 収賄の疑いで逮捕された職員を私は知らないし、事件そのものは今後の調査で明らかになるのであろうから、ここでは管理者責任を、感じたまま書いてみる。

 このニュースを見て、「類は友を呼ぶ」という言葉が思い浮かんだが、むしろ「朱に交われば赤くなる」という言葉がふさわしいと感じた。
 管理者たる者は、しっかりと管理・監督をすることによって、経綸も無く、大和市の事も知らないトップを支えるべきなのに、トップの顔色を伺ってばかりいると、部下がこういう不祥事を起こすのである。
 「主、主たらずといえども、臣、臣たらざるべからず」である。

 その後、ある集まりで会った市民の方が「今回の大和市はひどいですね。」と言われたので、「普通の自治体、二流かな?になっちゃいましたね」と答えたら、「二流、三流以下ですよ、そんなこと言ったら二流、三流自治体に失礼ですよ」と反論されてしまった。

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2011年11月4日(金) 12:08

前回以降の動向、その一部。

 多くの方から、またまた「ブログがなかなか更新されませんねぇ」と、やんわり言われており、焦っておりました。
 ということで、前回以降1ヶ月以上の動向の一部をご報告いたします。
 “一部”といっても、それ以外の行動に(公言するにはチョっと?)という不審で秘密の行動があった訳ではありませんよ、念のため・・・・・。

 9月は大学講義、ゴルフ、バーベキューなど。

 10月に入り、名誉会長をしていた団体の代表者が亡くなり、その為にほとんど私がその会の代表職に就くという前提での諸活動。

 例年通りの大正大学の講義に加えて、今年の秋も、明治大学政経学部3・4年生を対象にした2週連続の講義。

 ゴルフ(小田急藤沢GCや長竹CCなど)、ヨット(葉山マリーナ)、キノコ狩り(富士山麓)、など。

 そして、今年の秋の特徴は、従兄弟や大学時代の友人の葬儀への参列でした。
 そうなのです。同じ世代が亡くなり始めているのです。
 で、大和市俳句協会の文化祭参加俳句大会用に依頼された短冊に次のような俳句を書きました。
 「 冬木立ち 若き日の友 野辺送る 」
 だったかな?既にお渡ししてしまったので記憶ですが・・・・・。

 マツタケをたくさん持ってきてくれた人と、共通の友人夫婦と囲炉裏に炭をおこし、マツタケとほう葉焼きパーティ。
 (そうなのです。珍しい食材持参の方には、冬は囲炉裏と薪ストーブで、夏はバーベキューで、いつでも我が家は大歓迎です。)

 その他、

 菩提寺の大林寺壇信徒総代会。
 (法要後の本堂での挨拶をその場で指名され、ちょっと焦りました)。

 400年近いお付き合いがある隣家・長谷川家の跡取りの結婚式&披露宴に参列。
 (主賓としてトップバッターで祝辞を頼まれました。)

 高校の同期会。ここでも(毎回増えている)物故者への黙祷。

 そして、10月19日と11月3日に講演依頼もありました。

 10月19日は「町田市観光コンベンション協会」主催のウォーキング「町田・下鶴間コース」参加者(40数名)へ約1時間の講演。会場は下鶴間ふるさと館。話は下鶴間の歴史に関して。

 11月3日は下鶴間コミュニティ・センター30周年記念講演会で。
 下鶴間の歴史を90分(10分オーバーしてしまいました)、したがって質疑(5人の方)応答が約20分。
 約100人の参加者の皆さん、全員熱心に聴いて下さり、こちらも熱が入りました。
 参考までに当日のレジュメをここに掲載させていただきます。 

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