土屋きみやす−ツッチーレポート

2013年04月の記事

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2013年4月20日(土) 21:59

封切り日に映画『リンカーン』を観てきました。

 封切りを楽しみにしていたスピルバーグ監督の映画『リンカーン』を観てきました。久しぶりに良いテーマ・良い時代背景の映画で、充分満足した。
 南北戦争真っ最中のアメリカ大統領2期目、「奴隷解放」の為の憲法第13条修正を実現すべく議会での多数派工作に邁進するのが、この映画のストーリー展開の中心である。

 したがって、たとえばリンカーンがイリノイ州選出の下院議員当時、「メキシコとの戦争の原因について重大な疑惑がある」という爆弾演説で名を馳せ、一躍その名を轟かせた話や、南北戦争の始まりの頃(大統領1期目の時)は奴隷解放を公約に入れていなかった、というような実話は一切取り上げておらず、一般的な“奴隷制度を終わらせた大統領”を終始描き出していた。

 日頃から日本の幕末と同時代の南北戦争やゴールド・ラッシュの比較を講演している私として、また日頃、アメリカ南部の音楽を歌い・演奏している私としては、全体を通じて南部が悪者のような描写で終わっているのが残念だった。
 実際のところ、南部の人たちが全て奴隷制度存続を求めていたわけではなく、北部の人たちが皆、奴隷制度の廃止を求めていたわけではないのであるが、こうした全体をシロかクロかのような表現は映画という商業ツールのストーリー展開では仕方がないのであろう。

 北軍のグラント将軍は南北戦争の勝利という評価からか、のちに大統領を2期務めたが、彼の周辺は汚職にまみれ“史上最低の大統領”という烙印を押されている。
 それに引き換え、まあ、この映画の最後のほうに出てきた馬上のリー将軍は、台詞も全く無かったが、とてもカッコ良かった。
 (どこかの市長選と、その後の勝者と敗者の評価を思わせますなぁ・・・・・。)

 それから、今後この映画を観る人のために、この映画の挿話(結構重要なポイント)を詳しく紹介できないのが残念だが、この時代、使用人の黒人女性と親しくなった白人は存外多い。
 第3代目大統領ジェファーソンは大統領になる前であるが、奥さんを亡くした後、身の回りの世話をしてくれていたサラという混血女性との間に4人の子供をもうけている。

 幕末の日本で坂本龍馬が倒幕派と徳川側の戦争を避けるために、後藤象二郎と山内容堂をして徳川慶喜に大政奉還(無血維新)をさせたのも、アメリカの同じ国民同士のこの悲惨な戦争を知識として知っていたからである。
 4年間以上続いた南北戦争の死者は62万人であった。

 次回は、テーマとして取り上げよう、取り上げようと思いながら、未だ取り上げていない大河ドラマの「八重の桜」に言及したい。
 現在放映中のこのドラマは、史実の取り上げ方も、配役も、酷かった「龍馬伝」と比較して、とても良い。

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2013年4月8日(月) 16:23

四月雑感

 3月の末に根津美術館に行った際、展示品の説明文にまた誤字を見つけてしまった。
 以前、静嘉堂文庫で誤字を見つけた時にその誤りを指摘したら、胡散臭そうに対応されたので、今回の根津美術館では、その場では直接云わず、帰ってからメールで誤りを指摘した。
 週明けに、さっそく来館のお礼と間違いの指摘へのお礼と謝罪、そして「昨日、訂正をいたしました」という報告のメールをいただいた。
 その内容であるが、江戸時代の儒学者の廣瀬淡窓が「淡荘」となっていた名前の間違いである。弟の旭荘と同じ字を使ってしまったのであろうが、私にとっては大きな誤字である。なぜならば、廣瀬淡窓の私塾「咸宜園(かんぎえん)」といえば、吉田松陰の「松下村塾」や緒方洪庵の「適塾」と並ぶ3大私塾であり、アカデミックな根津美術館には間違えてほしくなかったからである。そうでないと、静嘉堂文庫の岩崎弥太郎と同様、根津美術館の根津嘉一郎も実業で財をなした単なる金持ちのコレクションを展示している美術館になってしまうからである。
 また、廣瀬淡窓の弟の子孫である現在の廣瀬大分県知事には、彼が通産省(現・経産省)の局長時代、私が滔々とまくしたてた約1時間の陳情を、1対1でじっと聞いてもらった事があるからである。

 四月に入り、私が代表を務める団体の指導者養成教室の開校式に出席したり、知り合いの誕生日パーティに参加したり、孫達と新江の島水族館へ行ったり、同じ菩提寺の林元副知事の葬儀の参列したり、菩提寺に来ている修行僧の送別会に出たり、関係する会社で講話をしたり、御招待いただいた桜祭りへ参加したり、鎌倉で大学校友会湘南支部のグルメ&ジャズを楽しむ会への参加したり、等々で日々を過ごしている。
 この鎌倉の会場は源氏山の頂上に移築した古民家(外見は普通の洋風の建物)瀧下邸での楽しいパーティであった。
 ここでも、図々しくも(でも、主催者からの依頼があったのですよ)、出演したジャズ・バンドでゲストとして出演、一曲唄いました。
 曲はミュージカル「ポギーとべス」の挿入歌「Summer Time 」。

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2013年4月1日(月) 10:29

近況と最近,思うこと。

 大学が講義のない春休みで、すっかり遊んだ2〜3月も終わり、いよいよ新年度である。

 3月の後半は関係している団体の会議や発表会、親戚の結婚式、ゴルフ・コンペ等が続いた。
 知り合いから頼まれて参加した近隣市の商工会主催のゴルフ・コンペで一緒にラウンドした方が、翌朝冷たくなっていた、という話を聞いて、驚くとともに、命の儚さを実感した。60歳代前半と聞いているが、まだまだ若い。お悔み申し上げます。合掌。

 この時期(春休み)恒例の軽井沢スキーは、関係する団体の理事会・評議員会議があるので、当初は遅れて新幹線で向かう予定だったが、それでは1泊1日となり、慌ただしいのと、今年の関東地方の3月はとても暖かくて気分がスキー・モードに入りにくいこともあり、私はキャンセルした。
 先発した娘一家と家内は楽しんできた。

 28日から1人で泊まりがけで我が家に来た小3になる外孫を連れて、下田の了仙寺までドライブ。途中で宇佐美の姉夫婦と姪とその子も合流。楽しいドライヴとなった。
 了仙寺とその博物館・宝物館などで、改めて、じっくりと幕末の日米和親条約当時の歴史を学んだ。展示資料とその展示方法には大いに物足りなさを感じたが、その地にあるが故の臨場感と実感はつくづく感じた。

 帰りには、下田から宇佐美への途中、峰温泉の大噴湯を見たり、海を眼下に眺めて入るDHCの赤沢温泉に浸かったりして、宇佐美泊。
 翌日はとても暖かく、ベランダでの朝食も、庭でのバーベキューもとても楽しく・美味しかった。その後のフェイス・ブックでの姪たちとのやり取りが面白いのも、今の時代の楽しみ方である。

 3月最後の31日には、東京青山の根津美術館で開催中の「遠州・不昧の美意識・名物の茶道具」を見に行った。
 松江歴史館から平成26年に予定している特別展へのアドバイスを依頼されており、松江藩主の松平不昧公に関する知識と見識を更に深めておく必要から行ったのである。
 久しぶりだった根津美術館は、展示物はもちろんだが、庭園も懐かしく、ゆっくりと3時間ほどを過ごした。
 庭では、随所で大学時代の思い出が走馬灯のように思い浮かんだ。

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