土屋きみやす−ツッチーレポート

2014年10月の記事

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2014年10月26日(日) 17:21

第5回目から2時限目と4時限目の内容が異なりました

 第2時限目は「“大塩平八郎の乱”から封建時代の政治を考える。」と題し、第4時限目は「本来の姿は自ら治める“自治”のはずだが・・・。大和市の場合」と題した内容である。

 2時限目の、大塩平八郎に関しては、乱を起こした人間を決して称賛するものではないし、そのストイックでパラノイア的な性格には戸惑いつつ、例えば、役人として同じ地位の西町奉行所与力(大塩は東町奉行所与力)弓削新左衛門の汚職と不正蓄財を告発し、一件落着後その不正臟金3,000両(現在の金額で2億1千万円)を取り上げて貧民に施したり、乱をおこす直前には、自分自身の蔵書約3万冊を売り払い、その代金6百数十両(現在の金額で4千数百万円)を、1万軒に金1朱((1両の8分の1=1万円弱)施したという事実から、その行動と生き方は将に究極の“地域貢献”だったからである。
 また彼は、自身の家塾「洗心洞」で多くの門人を教導したが、その中心は“陽明学”であり、それらの講義に用いた呂新吾の『呻吟語』、『古本大学』、王陽明の『伝習録』の話や、彼の著書『洗心洞箚記』、『古本大学刮黙目』などの紹介をした。


 第4時限目は大和市自治基本条例の制定過程等を7回程度シリーズで講義するが、第1回目は『ドキュメント 市民がつくったまちの憲法 〜大和市自治基本条例ができるまで〜』から、その制定の目的を講義した。
 今回の資料は、この本のまえがきにあたる「本書を上梓することの意味と意義」という私の文章「出版のきっかけ」を使用した。

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2014年10月22日(水) 15:25

第4回目の大学講義は『歴史から政治や統治を考える。』でした




 格言の「苛政は虎よりも猛し」という言葉から、政治は人に優しい事が基本である事や、税金や徴兵等が過酷でないことが重要である、という講義をいたしました。
 他にも、礼記や孔子の言葉を始めルソー、リンカーン、ヴァレリー、アリストテレスなどの言葉の紹介、論語の「由らしむべし 知らしむべからず」の真の意味、更には、ジョン・ロックとジャン・ジャック・ルソーとの比較(間接民主主義 vs 直接民主主義)を、大和市の自治基本条例と多治見市の自治基本条例で対比させて講義いたしました。
 後半は、四書(大学・中庸・論語・孟子)五経(易経・書経・詩経・春秋・礼記)の説明や、『大学』に出てくる言葉の「大学の道は 明徳を明らかにするに在り 民に親しむに在り 至善に止むるに在り」や「修身・斉家・治国・平天下・誠心・誠意・格物・致知」の説明を解りやすくしたつもりです。

 こうして書いてみると、易しく平易に講義したつもりですが、やはり20歳前後の大学生には難しかったかも知れません。

 講義の中でも話しましたが、江戸時代の我が国の教育環境は既に素晴らしく、昌平坂学問所(昌平黌・江戸幕府の官学校・現在の東京大学)を始め、各藩の藩校(現在の地方国公立大学・旧制高校=ナンバースクールか?)、私塾(私立大学等)、寺子屋(私立小・中学校等)などがあり、当時の日本の文盲率の低さ、識字率の高さは世界一だったはず、と。
 そして重要なことは、この時代、大名から下級武士に至るまで、彼らの政治に対する姿勢こそ四書五経などに裏打ちされた道徳律が基本であったことである。

 それに引き換え、現在の政治家のレベルの低さは驚くばかりである。

 小渕優子後援会の杜撰さ、松島みどりのお粗末さ、目を覆うばかりである。
(松島みどりの団扇の似顔絵が可愛らし過ぎる!嘘つきめ!)
 まあ、この程度が現在の政治家のレベルである。政治への哲学も経綸も、国を良くしようなどという信念もない!

 以前、経済産業省のキャリアに、「張養浩の『為政三部書』または『三事忠告』)を読んだことあるか?そういう書物を知っているか?」と尋ねたが、彼はキョトンとしていた。
 その程度が東大卒のキャリア・高級官僚であるから、政治家には尚更、期待できない。

 小渕さんの観劇代金(含むバス代・弁当代)も、野球の観戦代金も、下ネタネギ(誤字ではありません。変換で出てこないのです。)の代金も、元はといえば、我々納税者の汗であり脂なのである。

 もう一度、第一回目の講義の戒石銘(「爾俸爾祿 民膏民脂 下民易虐 上天難欺」)を紹介する。政治家に是非読んでもらいたい。

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2014年10月13日(月) 08:15

第3回目の講義は“坂本龍馬の政治思想”




 最初の5回くらいまでの講義は地方自治や地方議会の事が続くので、ここらへんでチョイと視点を換えて、坂本龍馬がポスト徳川幕府の新しい時代にどんな政治体制を考えていたか、の内容にしました。

 レジュメは、
 1.封建時代は本当に「上意下達」社会だったのか?
 2.封建時代といえども、日本は柔軟性のある国家・社会だった。
 3.厳しい実態は干ばつや災害の場合であり、身分を越えて等しく皆が被害者だった。
 4.坂本龍馬の政治思想を『藩論』から読み込む。

 で、最後の4.では、海援隊の出版物『藩論』(写真)の中から、龍馬が考えていた選挙と議員や議会についてをテーマに講義しました。

 『藩論』とは明治元年(慶応四年)十二月に二百部限定で出版されたもので、現存するのは同志社大学絲屋文庫の一冊のみであり、私が京都大学図書館で閲覧し、コピーしてもらった復刻版と、霊山顕彰会の脚注・解説付きの活字本から講義資料を作成いたしました。

 文中の第二から、
      @ 身分の平均化
      A 大公会(全体の広議の場所の提案)
      B 各藩の大小、家臣の多寡に準じた(議員の)定則数
      C 入札(選挙)の実施
  を、

 そして第三から、 
      @ 入札の実施。復択(再選挙・互選)
      A 一般大衆にまで選挙権・被選挙権を与える
      B 政令・施行も選ばれた人材(議員)と藩主
       (自治体の長)とで
      C 各藩(地方自治体)の選挙の明細は次巻で述べる
 といった、内容を講義しました。

 それにしても、明治になって、それも自由民権運動のあとやっと開設した国会でさえ選挙権は一定額以上の納税者で、男子のみだったことを考えると、龍馬の開明的な民主主義には驚くばかりである。
 さらに幕末、議会制度や選挙での選択法を提案した人は多くとも、その対象は大名と武士に限られていたことを考えると、農民や商人などの庶生・庶子までをイメージしていた龍馬に感服するばかりである。

 近江屋で中慎太郎と共に暗殺されたのが維新の前年、慶応三年十一月だった事と、この次の巻が藩(地方自治体)の政治体制構想だったことからも、明治維新後、もっと生きていてほしかった男である。

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2014年10月6日(月) 17:10

2回目の大学講義と最近思った事





 第2週目の大学講義も2議限目と4時限目の内容は同じものでした。
 表題は「住民の自治と自治体の役割」というもので、大和市の「大和市新しい公共を創造する市民活動推進条例」(平成14年)の前文(掲載の写真)と、平成19年2月の記者会見資料に使った「大和市市民参加条例」を参考資料に、市民参加、行政との連携・協働、真の自治、等を講義しました。
 改めて、「新しい公共〜」の前文にある「市民、市民団体、事業者それぞれが所有する時間や知恵、資金、場所、情報などを出しあい、社会に開けば、それはみんなのもの『社会資源』になります。行政も自ら資源を開き、『社会資源』の形成に参加することが求められます。云々」というフレーズは、いま読んでも普遍性のある真理だと思いました。更に、この条例は住民(市民)の側から提案されたものであることも話しましたが、この頃の大和市は本当に市民参加の先進自治体だったと実感しました。

 さて最近、NHKの言葉の使い方がチョッと気になります。

 @ NHKの朝ドラ「花子とアン」(だっけ?)でしばしば使用された「腹心の友」の“腹心”。私のイメージでは信頼できる部下や使用人、要するに目下に使う言葉のはずであり、華族出身の同級生に使う言葉ではない。

 A 同じく今度の朝ドラ「梅ちゃん先生」で、「とっとと持ってこい」と言っていたが、“とっとと”の語源は確かに「疾く疾く(早く早く)」だけれど、「Go!」とういうイメージ。「さっさと行け!」とか「早く行け!」という感じ。「持って来い」の時には使わないと思うけど・・・?

 B 今は「あくまで」という言葉が主流だが、私は「あくまでも」と必ず「も」を付ける。その理由は「飽きても尚」か「厭きても尚」だから「あくまでも」といわないければ「続ける・コンティニュー」にならないと思っている。「あくまで」だと「厭(飽)きたら」終わってしまう。

 理屈っぽくてスミマセン。

 また、NHKの特別番組で「東京都の下水管に雨水が大量に流れ込み道路に溢れた」と番組中しきりに言っていたけれど、東京都って下水管と雨水管が合流なのでしょうか?分流にしないとマンホールを飛ばして溢れている水に汚水(下水や生活雑排水)が含まれている事になるんですけれど・・・・・?

 それから、NHKのドラマに出てくる地方の人や戦時中・戦後の一般大衆が汚すぎるが、江戸時代の外国人が驚いていたように日本人はとても清潔好きだったはず。確かにツギハギだらけのボロは着ていたかもしれないが、頻繁に洗ったものを着ていたはずだし、洗顔好きでお風呂好きの国民だから顔や体も綺麗だったはず。
 終戦直後の昭和21年生まれの私が言うのだから間違いない。
 汚れでリアルさを表現していると思う安易なNHKに猛省を求めたい。
 まあ、テレビを見ていると(それ、違うだろう!)ってことが多すぎて、体に悪いのです。

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