土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年01月の記事

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2015年1月27日(火) 19:04

秋期授業の終了とテスト実施。と、最近思うこと



 大学講義の最終日(15回目)でも、90分のうち30分は講義をしてテストは後半の60分で行う、という指導が文部科学省からあり、私もご覧のレジュメで25分ほどの授業を行った。
 テストは事故もなく、静かに、問題(カンニングなど)もなく終了した。

 2時限目も4時限目も、テストは14項目30問なので、平等に1問3点(30×3=90点)にし、受験生全員に10ポイントの下駄を履かせた。
 何も書かなくとも10点、完璧なら100点、である。

 今日(1月27日)現在、2時限目でテストを受けた108人の採点がやっと終わったところであるが、。なんと!100点満点はたったの1人!この学生は全出席でもあるので文句なくAAを与える。
 しかし問題はその他の受験生である。90点台に26人、80点台に26人、70点台に23人と、全体の70%以上が犇(ひしめ)いている。(反省:易し過ぎたか?)。この人たちにA+、A,A−を当て嵌(は)めるのは簡単だが、大学の評価基準では、次のB+、B,B−の「合格(良)」が(受講生の平均的な成績で、基準は30〜40%の範囲の受講生)との指導なので、ランキングが難しい。出席率も勘案しながらランクを付けなければならない。
 従って採点時には、チョッとした書き損じによる間違いや用語として言い足りない部分なども厳しく減点対象にし、小数点以下まで得点差を付けた。

 4時限目のほうの採点が終わったら、その次のブログで回答の例示を幾つかご紹介したいと考えている。

 さて、最近思ったことを2つ。

  •  1.「イスラム国」(国ではない過激派の名称だからカギカッコ)に拘束されているフリージャーナリストの母親・石堂順子さんって、なんか????。
     家族?どうして苗字が違うの?
     はっきり言って「胡散臭い」。

  •  2.横綱の白鵬が千秋楽翌日の記者会見で、14日目の対稀勢の里戦での物言いについて、勝負審判を批判した。
     この一番を私は見ていないので、コメントは差し控えるが、私も最近の物言いに不満はある。
     千秋楽も結びの一番の数番前に行われた微妙な勝負にも物言いが付かなかった。

     また、今場所を通して感じたことは、“死に体(しにたい)”よりも、足以外が地に付いたか、土俵を割ったか、が、勝敗の判断基準になっている事である。
     以前は、足が俵の外に付いたタイミングに、相手の体がどうであった(「死に体」か否か)かも、もっと判断材料にしていたはずである。
     私は、今回の白鵬の弁護は決してしない。今場所の10勝を過ぎたあたりからの白鵬はバタバタしていて見苦しい勝ち方ばかりであった。

     白鵬の尊敬する大鵬は、昭和44年(ビデオ判定が導入される前)の大阪場所で平幕の戸田に敗れ、45の連勝記録がストップとなった。
     この時、中継ビデオをみたマスコミが「大鵬の足が残っていた。誤審だ!」と騒いだが、大鵬は「横綱が物言いの付く相撲を取ってはいけない。」と言った。
     (出典:読売新聞2015・1・27朝刊「編集手帳」)


     大一番の時は、大一番だからこそ微妙な勝負になるものである。
     双葉山も大鵬も微妙な一番(誤審?)で連勝がストップした。


     湘南信用金庫の服部氏に招かれた朝青龍全盛の頃の一門激励会で、私は白鵬に「早く立派な横綱になってよ」と握手をしたことを思い出した。
     白鵬の連勝記録(来場所からまた話題になる)も、引退も、案外近いかもしれない。

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2015年1月20日(火) 23:21

第14回目の大学講義と箱根駅伝秘話その2

 大学の講義はご覧のレジュメで2時限目と4時限目を行いましたが、私も学生も、実は今週行う予定の試験モードにすっかり入っております。
 従いまして、当日のレジュメのみご覧ください。



 というわけで、再び箱根駅伝の話。
 前回の駅伝のお話の中で、私の応援履歴が間違っておりました。私は6区から7区への中継所である風祭の蒲鉾鈴廣前で2年続けて応援しておりましたので、2010年に復路スタート地点、2011年と2012年に鈴廣前、2013年と2014年に茅ヶ崎菱沼海岸、そして今年(2015年)の二宮町境の小田原でしたので、6年連続応援に行っております。

 1月5日に教鞭をとっている大正大学の(株)T−MAPという学内企業の互礼会(賀詞交歓会)が行われ、私も祝辞(挨拶?)を求められました。
 そこで私は次のような挨拶をいたしました。
 「大正大学に私からお願いがあります。ぜひ10年計画で大正大学も箱根駅伝を目指していただきたい。実は私は青山学院大学卒業で、今年のお正月は箱根駅伝で最高のお正月を過ごし、大いに感動したからです。大正大学のある三田線沿線には東洋大学も大東文化大学もあります。大正大学も是非箱根駅伝を目指していただきたい。当大学は真言宗・天台宗・浄土宗の大学ですから、全国のお寺さんや檀家さんから、子弟の中で足の速い子を探してもらい、入学させ、比叡山延暦寺や高野山金剛峯寺でトレーニングすれば、山の神は幾らでも出せます。」
 と話していたら、大受けでした。
 そうしたら、なんと私と同じ最前列のAテーブルにいた学長が壇上に上がってきて私からマイクをとり、青学の原監督の選手養成手法の話になり、私の話も中途半端になってしまいました。でもまあ大いに会場が盛り上がりましたので、学長のマイク・ジャックも良しとします。

 もう少し詳しく書きますと、三田線沿線には他にも箱根常連の、中央大学・明治大学・日本大学などもあります。
 真言宗の高野山、天台宗の比叡山(千日回峰行ならぬ千日回峰トレーニング)、浄土宗の京都知恩院(寒い京都盆地でのトレーニング)、同じく浄土宗の鎌倉材木座の光明寺(砂浜でのランニングに最適)など、お寺を転々と合宿所にする。
 何より、大学経営者は、受験生大幅増加等の経済波及効果、宣伝効果、イメージアップを考えて実現に向かって努力するべきなのであります。

 さて、1月18日には青学校友会の神奈川県内の各支部(湘南支部・横浜支部・西湘支部)合同の箱根駅伝祝勝報告会が藤沢で行われ、もちろん私も家内と参加しました。


 当日は都道府県対抗駅伝大会の日で、ほとんどの選手は出身都道府県の選手としてそちらに行っておりましたが、内山陸上部部長、8区を走った高橋選手、陸上部主務内村さんの3人が来てくれました。

 そこで聞いた話を思い出すまま、次に書いてみます。

 @ 原監督は以前大和で大変お世話になったこと(スポーツセンターグラウンド、合宿所、大和市駅伝大会出場)を覚えており、感謝している。
    (内山教授・陸上部部長のお話し。あのとき既に監督は原さんだった。)
 A 「一色選手が5区を走る予定だったのでは?」という私の質問に、「それはフェイクで最初から神野だった。」
    (私にクラブ・エンブレムをくれた陸上部前OB会長のNさん)
 B 「当初、神野より速い選手を予定していたが、神野の強い希望を聞き入れた。もしその選手が出場していたら5区はもう1分早かった。
    (同Nさん)
 C 「練習は、○○から○○に○○でおこなった」
    (これはトップ・シークレット=極秘事項のため書けません。同Nさん)

 などなど面白いお話しを沢山聞くことができましたが、来年の戦術・戦略に影響するといけませんのでこの程度にしておきます。

 ところでこのブログ、現在のところ延べ閲覧人数15万人が目前でございますので、是非これからもご覧下さい。

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2015年1月13日(火) 18:37

大学講義の第13回目の2時限目と4時限目は、共通の内容

 年が明けて、いよいよ大学の講義も残すところ3回となった。
 15回目は講義とテストを90分の中で実施するので、実質的にはあと2回であり、1月9日は次のような内容の資料でおこなった。


 ジョン・F・ケネディの大統領就任演説、マ―ティン・ルーサー・キング牧師の「ワシントン大行進」時の演説、マララさんのノーベル平和賞受賞演説などである。
 それにしても、坂本龍馬,大塩平八郎,ケネディ大統領,キング牧師,2・26事件の青年将校などなど、私の尊敬する人たちはどうして皆、非業の死や横死をしてしまうのであろう?
 しかし、だからこそ、尊敬に値する人生となったのであろう。今の政治家を見渡しても、こういう人物はいない!
 資料にものせたノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんには、是非とも天寿を全うしてパキスタンか全世界のリーダーになってもらいたい。

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2015年1月5日(月) 18:16

こいつぁ 春から あっ 縁起が 良い〜いわい。

 新年 明けまして おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。


 さて、なんと母校の青山学院大学が箱根駅伝(正式には確か「東京箱根間大学対抗駅伝大会」)で、往路・復路・総合と、ぶっちぎりの優勝(写真)をしてしまいましたので、急きょ、箱根駅伝に関する秘話をご披露させていただきます。

 そもそも青山学院大学も33年前までは出場しておりました。
 当時、私はメンズショップを経営しており、大晦日の夜遅くまでお店を開いていましたので、両親や祖母が健在の頃は元旦を家族全員で過ごし、1日〜2日か2日〜3日には家内・息子・娘を連れて箱根宮ノ下の富士屋ホテルか箱根ホテル(改装前のレトロな頃)でお正月を過ごしていました。従いまして毎年行きか帰りの途中で、往路か復路の応援をするjことになったのです。

 その後、青学も出場しなくなり、子供達も大きくなり、私も自分自身が選挙に出るようになったので、箱根でお正月を迎えるということもなくなりました。
 そんな10数年前、大和の中央通りにある喫茶店「チボー家」に立ち寄った際、マスターの塚原さんから「市長の母校がまた箱根駅伝に出るために大和スポーツセンターのグラウンドで練習していますよ。大学からの援助もないので、安い家賃の合宿所を探しているんですが・・・。」と言われました。
 「チボー家」ではその青学の陸上部員たちに食事等のサービスしていたようで、私もとても感激し、さっそく友人の不動産屋さん「大和住販」の井社長に安い家賃のアパートの斡旋をお願いし、実現いたしました。
 これらの事は、ほんの数年の事で、監督も現在の原監督の前(確か渡辺監督?)でしたので、今回ほとんど、というか全く、報道はされておりません。

 吉川英治の俳句に「菊づくり 菊見るときは 影の人」というのがありますが、まさに青学前監督、チボー家の塚原マスター、大和住販の井社長たちは、立派な菊をつくった影の功労者なのです。
 大和市に関係していた証拠として、現在も毎年1月に行われている大和市駅伝に、中央林間の1チームとして当時の選手たちが参加した事があります。ぶっちぎりの早さだった事も今となっては良き思い出ですし、その証左であります。御記憶の方もいらっしゃると思います。

 さて私は、青学校友会湘南支部の1員として7年くらい前から応援に行っておりますが、私自信は箱根に行って応援したいので、のぼりを4本いただいております。
 2日は家族が集まりますので駅伝の応援は復路の3日と決めており、2010年は芦ノ湖の復路スタート地点で、2011年と1012年は6区から7区への中継地点である風祭の「蒲鉾鈴廣」で、2013年と2014年は湘南支部の皆さんと茅ヶ崎海岸、と転戦して参りました。
 今年は小田原の国道1号線に面した義姉のリゾート・マンション(老人向けケアマンション?)前で、7区走者の応援をいたしました。
 (写真2枚は7区走者で区間1位の小椋裕介選手)





 私にとって箱根駅伝は、このようにいろいろな思い出があり、今回このブログに書かせていただきました。


 数年前、青学陸上部のOBから陸上部のエンブレム(写真)をいただきました。私にとっては、とても大切な宝物であります。

 新聞やテレビでは、監督は原さん、合宿所は淵野辺、グラウンドは町田、と現在のことだけがクローズアップされておりますが、ここに至るまでにも多くの歴史があったのです。
 そうした歴史の上に今回の快挙が加わり、まさに「こいつは 春から 縁起が良いわ〜い」となったのです。

 出場した選手の皆さん、補欠に回った他の部員、関係者の皆さま、そして何よりも応援して下さった皆さまに心から御礼を申し上げます。
 有り難うございました!

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