土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年06月の記事

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2015年6月14日(日) 21:18

大学講義の内容と、テーマに関連して“自治体外交”や日米地位協定に言及。

 またまた2回分の講義がたまってしまった。しかし、この2回は関連した内容なので、続けてご覧いただきたいと思います。

 6月5日の第九回目は「優秀だった徳川幕府官僚」と題して、我々が理解している以上の海外情報(『通航一覧』(江戸時代の外交関係の膨大な資料・345巻、『対話書』(江戸時代に集積されていた外交文書)、『開國圖表』(中国の出版物の幕府による翻刻本・全60巻)、その他、『万国公法』やオランダ別段風説書、蕃書(今でいう洋書)調所が収集し翻刻した西洋書、などを有していた徳川幕府の話と、優秀な人材がどんどん登用される柔軟な社会だった徳川幕府、更にはその結果、抜擢ともいえるようなかたちで登用され、活躍した人々(別紙資料)の話をした。




 続いての6月12日の第十回目は「日米修好通商条約批准の遣米使節団について。」と題して、使節団の正使:新見豊前守正興、副使:村垣淡路守範正、観察(目付)小栗上野介忠順(写真資料)などの77人の使節団についてや、その行程、アメリカでの大歓迎ぶりなどを主に話した。



 このとき彼らがホワイトハウスのイーストルームで当時のブキャナン大統領に会い、条約を批准した事、ブロードウエーでの大歓迎パレードなど、もっと我々一般の日本人が知るべきだと思うからこそ講義で取り上げたのである。

 エピソードとしては、正使新見豊前守の孫がNHK朝の連続テレビドラマ「花子とアン」に出てきた“蓮様(白蓮)”であることや、使節団の中でも特に行く先々で人気者になった“トミー”こと立石斧次郎のことなどを話した。

 更に“随行”艦であった「咸臨丸」のことと、実質的に咸臨丸を動かしたのは、難破したためにちょうど日本におり、アメリカに帰すアメリカ海軍軍人のブルック船長や11人の乗組員のこと、更には咸臨丸は西海岸(サンフランシスコ)だけで、東海岸のワシントンやニューヨークには行っていないので当然、ホワイトハウスにも言っていないし、大統領にも会っていない、ことなどを講義した。




 講義では別の資料も使い、講義時間もそれぞれ90分なので、様々なエピソード(ロシアのプチャーチンと川路聖謨、もっと評価されるべき岩瀬忠震、立派だったブルック船長のことなど)を話した。

 第八回目の講義の日、たまたま沖縄県の翁長知事が訪米して普天間の件を要請する記事が各新聞等に載っており、それを朝日新聞は“自治体外交”と書いていたことから、“自治体外交”の名付け親としての私としては、学生たちにではあるが、一言言いたかったので、この第九回目に言及した。
 それと、講義のシリーズの中で、歴史の話のみではなく、自治体の事も話したかったので、ちょうど良かった。
 結論から言うと、私の“自治体外交”の定義は、決して反政府的な行動や発言をいうのではなく、むしろ日本政府の至らざる、あるいは手が届かない部分を自治体がサポートすることが“(自治体)外交”であり、今回の沖縄知事の行動や発言とは相容れない。

 あえて、朝日新聞に言いたい!
 「軽々に“自治体外交”という言葉を使ってくれるな!」と。

 閑話休題。

 第九回目の最後には、不平等条約と言われるこの時の「日米修好通商条約」の1つである「領事裁判権」に関連して、実は、現在も「日米地位協定」中の身柄引渡し条項に例外規定(4のDの3)が存在することに言及した。

 要するに、外交とはそれぞれの文化や歴史、価値観などが異なる国家間の取り決めであり、この時代の六カ国との通商条約も、現代の諸々の条約も、普遍的で不偏的な部分や、時代による違いなどを見極め、大所高所から理解すべきなのである。

 歴史を学ぶ面白さは、こういうところにも存在する。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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