土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年09月の記事

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2015年9月19日(土) 16:14

秋学期の受講生徒数と、予定している講義内容。その他の雑感。

 秋学期の講義にも多くの生徒が受講希望の登録をしてくれた。9月中旬時点でのその数、金曜日2時限目に142人、同4時限目に147人である。
 (20人以下ぐらいだと勢いが悪くて困るので、まあ、50人前後が希望してくれれば良いなぁ)と、内心思っていたが、春学期に勝る多さとなり、嬉しい悲鳴である。
 春学期の約200人と合わせると、今年度は1ヵ年で約500人に講義することになり、選挙権などが18歳になる現在の社会状況下では、更に責任重大である。

 秋学期も「地域連携・貢献論」と題して、現在の地方自治や国と地方の関係から始めるが、今年の秋学期は、徳川封建時代にも存在した地方自治や民主主義を土佐を中心に講義に入る予定である。
 土佐(決して土佐藩ではなく土佐である)には、アメリカや後のフランスなどの民主主義の系譜(ジョン万次郎→坂本龍馬→後藤象二郎・中江兆民・植木枝盛・幸徳秋水などや自由民権運動の板垣退助、第二次世界大戦後の吉田茂など)がいるのだが、どうして、このように、皆土佐の出身者であり、土佐人による思想なのかというところから分析を起しつつ、講義を進めて行く予定である。

 さて、現実の政治で、まさに講義開始の1週間前にいわゆる“安保法案”が成立するという大きなニュースがあったのだが、私の講義も、天皇絶対君主政治の基となった明治憲法(大日本帝国憲法)から現行の日本国憲法まで論及する予定でいるので、将に“タイムリー”だと感じている。

 現在の安倍政権、というより安倍さんの本音は憲法改正、すなわち第9条の改正なのであろうが、憲法本体はそのままに手を付けずに、実態を斉し崩すという、すなわち軍隊を認めない現行憲法で自衛隊を存在させ、国の交戦権を認めないまま“安保法案”で海外の紛争にまで関わって行く、という日本独自の手法が今回の法案成立なのである。
 その結果、更に“憲法違反”を続けるどころか、骨抜きにする、ということになる。

 衆参両院は国の法律を制定する最高議決機関の立法府であり、内閣はその法を執行する最高の行政機関であるのに、その国会と内閣が“憲法違反”をするという今回の事象は、必ずや後世に禍根を残す事となる。

 最近の日本や世界の歴史を見ても、第二次世界大戦前の日本軍国主義や、ヒットラーのナチスドイツも、その時の国家・国民による所謂“賛成多数”で国の方向が決まっていった結果であった事を謙虚に思い致すべきである。今回の日本の変化が、怖い時代を招来させてしまうことを恐れる。

 私は保守系の家で生まれ、自由民主党所属県会議員の親の下で育ったチャキチャキの保守系人間なのだが、10年以上、大正大学で幕末の政治思想を講義しいる間に、“日本には2つの政治思想があるのに・・・?”との思いを強くした。
 その1つは薩摩・長州を始めとする明治新政府から天皇絶対君主政治→軍国主義→そして現在の安倍さんに至るまでの系譜。
 もう1つが前述の土佐人の共和政治(アメリカ民主主義→自由民権運動→ルソー&中江兆民たちの社会契約思想→大正デモクラシー・民本主義→敗戦後のリベラルな吉田茂たち)の系譜。
 である。
 これからでも遅くない。我が国に、今の自民党ではない健全な民主主義を希求するコンサーバティブな政党と、今の民主党ではないまともな議論が出来て、国家運営・国家経営が出来るリベラルな政党を育てなければならない。  講義の後半では、私の大学卒業論文を基にした『我が国における二大政党政治の可能性』から、私の選挙区制度論をも紹介する予定でいる。

 最後に現行日本国憲法の前文の一部を紹介する。

 そもそも国政は、
 国民の厳粛な信託によるものであって、
 その権威は国民に由来し、
 その権力は国民の代表がこれを行使し、
 その福利は国民がこれを享受する。

 これを、安倍さんが自分に都合よく読むのではなく、本当の意味を読み取ってくれることを祈る。

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2015年9月2日(水) 18:41

横浜中央木鶏クラブの講演に関して。その2

 この講演会にお出でいただいた相模原市のAさんから、お手紙を頂いた。  開封すると最初に同封された新聞のコピーが目に飛び込んできたのだが、それは毎日新聞のエッセイで、題名が「言葉に注意」というものであり、内心ドキッとした。

 そのエッセイは「しあわせのトンボ」という近藤勝重客員編集委員によるもので、もっと意味の大きい「平和憲法より非軍事憲法と呼ぶのが正しい」(作家の保坂正康氏)、「原子力発電より核発電所と呼ばれるべきなんです」(村上春樹氏)といった例示から、結論ともいうべき大江健三郎氏の「私たちの国家の根本的な態度を、軍事によるディタ―ではなく、平和的な方法による共和ということに置き換えることを日本がしていかなければならない」(井上ひさしの言葉を継ぐために」岩波ブックレット)という部分ににマ―カ―で色を付けてあった。

 私が講演の終盤で“龍馬たちが目指した国家は、明治以降の天皇絶対君主政治体制ではなく、アメリカのような共和政体なのです”と話した事からこのコピーを送ってくれたのであろう。

 私の講演に関して“言葉に注意”ではなくて安心した。


 さて、そのAさんのお手紙を次に紹介させていただくが、ご本人にはまたまた事後承諾を頂くつもりである。
 数日で、もしこのブログが消されていたら、事後のご承諾が頂けなかったものと御理解いただきたい。

以下、Aさんからのお手紙。
 拝啓
 
 朝な夕なに秋冷を覚える今日この頃となりました。
 土屋先生、お元気な様子を拝顔し、加えて久々のツッチー節も自由自在で、感激の一夜でございました。ブログはブログのエスプリ充溢しておられますが、講演はそれなりに土屋先生のもつfaithfulなサービス精神と聞かせどころよく分かって話されますので、大和の方々も多数足を運ばれる理由がよく理解できます。

 ジョン万次郎のクロニクルも、1788年あたりから記述を起こされ、ビッシリニ頁に亘る程の内容、先生としては、もっと加筆したい斗事おありだったと思いますが、私は、この後の懇親会を控えた、講演会としては、充分な内容と受留めました。
 (これ以上、お聴きなりたい方は、大学へ行って(来て)受講されたし・・・といったところでしょうか・・・)

 今回、お手紙させて戴いた本旨は、
 レジュメの chapter 4
 『近代日本に於ける政治体制と教育への貢献』此処で、先生がお触れになられた、土佐人に依る共和思想の種・・・これを大きく膨らませて居りましたら、所謂・満州事変以後の15年戦争後の稀にみる国家的大亡失を招来する事はなかったに違いないです。 
 穏やかで、賢明なアジアの粋国として存在し得たと私は、感じているものです。

 恰も先生のご講演の前日、20日(木)の毎日新聞・夕刊にて、近藤編集記者に成る共和思想(考)の創起・或いは回帰を強調したコラムが掲載されて居りました。
 お目通し戴けましたら、幸甚です。
 目先の了見、狭い了見の安倍政権には早々に下手へ退場と願いたいところです。

 永々と大変失礼しました。
 グレート・ピース・ピッカーズ もっと聞かせて!


                                      敬具

 以上ですが、自分で書かずとも、結局自己自慢をしているような面映ゆさがありますが、お許しください。

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