土屋きみやす−ツッチーレポート

2016年03月の記事

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2016年3月11日(金) 15:23

うかい亭での "スプリング ランチ ライヴ"が無事に終わりました。

 私にとって最近としてはビッグイベントの「スプリング ランチ&ライヴ」(家内の病気平癒と私の古稀の祝いを兼ねて)が無事に終わりました。
 あいにくの雨でしたが、ご予約いただいた全員(99名+お子様1名)の皆様においでいただきました。
 前回までは四角のテーブルに肘掛け椅子だったうかい亭のクリスタル サロンが、最近は9人座りの丸テーブルになったことで9人×11テーブルの99名が受け入れ可能になりました。
 前回までは70名を予定しておいて最終的に80名で締め切っており、私は大盛会と思い、喜んでいましたが、家内は「お断りしたり、キャンセル待ちしてもらう事がいつも申し訳なくて・・・」と毎回苦労しており、今回は80名を目処に(仮にオーバしても大丈夫と)安心して皆様に声を掛けましたら、最終的に99人ちょうどの申し込みを頂きました。
 さてその内容ですが、最初にお食事(1ドリンク付き)、そのあとに我々夫婦の音楽(「土屋美緒子 古き良きアメリカを唄う」、次に私のジャズ 「土屋侯保 季節を唄う」)と姉のジャズを聴いて頂きました。
 なかなか気が合わない夫婦の事ですから何度か家で音合わせ(練習)をして本番に臨みましたが、まあなんとか無事に4曲終わりました。
 次の私のジャズは、季節というテーマでしたので、春「My Funny Valentine」、夏「Summer Time」、秋「Autumn Leaves」と続け、最後の冬はサプライズで吉幾三の「雪国」、これは最後のリフレイン部分だけをいきなり絶唱したので、大爆笑をいただきながら終えることができました。
 ピアノを大学時代の軽音楽同好会の先輩で、ずっとプロのジャズピアニストである有福隆さんにお願いしましたので、ほとんどの曲を助けて頂き、最後のところも、「冬の曲は何にしましょうかねえ、有福さん?」と有福さんに振ると、ピアノが「雪国」を弾き始め、私が合わせて唄い出すという形にしました。

 私としては、初めて人前で「My Funny Valentine」をVerse(前唄)から唄ったのですが、考えていたより上手く唄えたので、とても嬉しい時間を過ごせました。




 全体として、うかい亭のお食事と会場の雰囲気、家内の唄とギター、姉の唄、有福先輩のピアノが良かった。そして、私のトークが面白かった、といったような感想が多かった一日でした。

 翌日は家族中の皆さんにお世話になっている家の長姉の告別式、翌々日は高校時代の同級生の告別式と続きます。

 もうすぐ本格的な春がやって来ます。
 この季節になるといつもキャンディーズの「もうすぐ春ですね」が思い浮かびます。

♭ 雪が溶けて 川になって 流れていきます
つくしの子が 恥ずかしげに 顔を出します
もうすぐ春ですね チョッと出かけてみませんか ♯

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2016年3月1日(火) 17:51

「うかい亭でランチ&ライヴ」を行います。

 来週の3月9日、うかい亭で「ランチ&ライヴ」を行います(なぜかつきみ野にあるのに「横浜うかい亭」です)。
 このところ何人かの方々から、「またうかい亭でやらないんですか?」というお問い合わせもあり、2年半ぶりに開催する事に致しました。
 でも最近はバンド活動を休止しておりましたので、今回のお食事後の企画は内々の音楽だけにさせていただきます。
 皆さまは多分お食事がメインだと考えての企画となりましたが、それでも今回もまた多くの方々からご出席のご返事を、それも早々といただきました。

 このブログやフェイスブックで皆さまに対するお声掛けをしなかったのは、会場のキャパシティの都合(最近は99人以内)もあり、人数を限定(80人程度が適正)させていただくのと、毎回、募集人数をオーバーしてのキャンセル待ちや、お断りをするような状況だったからです。

 春の日の一日、お食事に音楽と、また多くの皆さまとの出会いや会話をお出でいただく皆さまに楽しんでいただきたいと考えています。

 3月もいろいろと予定が入ってきておりますが、私も3日で70歳(古希)になってしまいます。
 まさか自分が70歳代と言う“老人”になるというのは、解っていたつもりでも感慨深いものがあります。
 要するに、「あと何年生きられるのか?」というカウントダウンのような感覚なのです。
 従いまして、これからは“棺を覆った時に良い人生だった”と自他共に総括できる、して頂ける、ような生き方を心がけてまいります。

 さて、「甘利事件 その5.」を期待されていた方には申し訳ありませんでした。
 シリーズの続きを書かなかったのは、このところ事件が沈静化したように感じられているからでございます。
 今後、司直がこの事件をどう判断するかはともかく、この件は一応今回でお休みにします。

 最初に、このブログは甘利さんへのレクイエムではないと書きましたが、本当に国会議員として今後も活動ををされるおつもりなら、議員を辞職して(“身を捨てて”)、選挙区をお詫びと説明して行脚(歩く)すれば、また当選(“浮かぶ瀬もある”)すると、私は思っています。
 ただし、引退するのなら別ですが・・・。

 最後に、秘書が「自分が偉いと(“虎の威を借りる”)思ってしまう」のには一般市民や団体のほうにも責任があると思います。
 以前アップしたブログで、諏訪神社元旦祭の玉串奉奠のことを書きました。
(老兵は消え去るのみ、と。)
 あのような場合、どこでも来賓のトップは甘利さんなのです。そして誰もそのことには異議や疑問を唱えません。
 でも、ご本人ならともかく秘書や代理の場合は、来賓席の序列や挨拶の順番、そしてこの場合の玉串奉奠などは後ろにするか、お名前の紹介のみにするべきなのです。
 「首長・市議会議長・国会議員・県会議員・その他」の序列が正しいのに、中には「国・県・市」の上下差を(?・これもおかしい、特に西歴2000年の地方分権一括法以降、国と地方は“対等・協力”の関係になったはず)と、“上下関係・偉い順”と勘違いしてスライドさせて理解している人が存外多いのです。
 だからか、私が市長現職の時に「市長の次は県会だね?」などと言う人がいた(本人はお世辞のつもりらしい)。

 今後、各種の団体は決して序列を間違わずに、秘書には代理であるという分(ぶ=分際=身の程)を弁えさせるべきなのである。

 甘利さんも案外可愛いところがある。
 私が代表をしている会が毎年体育祭を大和スポーツセンターのアリーナで開催しており、いつも来賓として甘利さんを招待していた。
 毎年、何故か(特に大臣の時には特に)開会式が始まってから、会場の後ろのほうから入って来る。
 当然、代表の私が挨拶をしている最中に入って来るから、会場の数千人はそちらに注目する。本人は数人のSPを従え、手を左右に振りながら得意げに来賓席に座る。その間、代表者の私の挨拶は中断せざるを得ない。
 ある年、受付の人に「甘利さんが来たら、横の通路から会場の上手に入ってきて、演壇の後ろを通って来賓席に案内するように」といっておいたのだが、この時も本人が会場の中を手を振りながらSPを従え、入場(一人パレード)してきた。
 次の大会から招待するのを止めた。

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