土屋きみやす−ツッチーレポート

2018年05月の記事

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2018年5月21日(月) 11:11

言葉遊び(最終回)

 福田淳一・財務省事務次官(当時」)がいう“言葉遊び”は、テレビや全国紙の新聞の社説でも報道されているので、あえてここに文章化して見る。
 @ 「浮気しようね」 A 「おっぱい触っていい?」 B 「手しばっていい?」
 私自身でこれらを言う状況を考えてみたが、私はお酒を飲まないので素面の状態である。
 @ もしそういう状況が可能になっても口に出しては言わない。以心伝心、不言実行である。A これもやっても問題ない状況ならその相手に不言実行あるのみである。B こういう趣味はないから言うことはあり得ない。あたり前であった。

 さてこの福田さん、神奈川県立湘南高校→東大との事だが、我が県立厚木高校卒でなくて良かった。
 県立厚木高校→東大→通産省(現経産省)で、その後、衆議院議員になっている後藤さんも、以前、酔ってタクシーの運転手にタクシー代支払いの際「その法的根拠は?」と絡んで問題になったことがあった。これも“言葉遊び”だったのか?(ただし厚木高校の方が理屈っぽい)。この後藤代議士の後援会に講演を頼まれた際、本人の目の前で「貴方はお酒に呑まれるようだから、くれぐれも言葉には注意するように」と、皆さんの目の前で注意をしておいたが、これは既にこのブログに書いたような気がする。

 言葉は口から発せられたその瞬間から“魂”が宿る“ことだま”なのである。

 衆参両院の予算委員会で、参考人だったか証人喚問だったかの佐川宣寿前国税庁長官と、参考人招致の柳瀬唯夫首相秘書官(2015年の愛媛県職員の面会当時)が、国会で嘘(か、すっ呆けか、忘れたふりか)の発言をしている姿を見たが、哀れである。
 彼らも、福田前財務事務次官と同様、優秀な学校を卒業したエリート中のエリート官僚である(のに・・・)、国会で公文書改竄(ざん)を指示した事を正直に言わなかったり、「首相(総理)案件」の発言をしていないと、逆に愛媛県職員の記録を否定したり、している時の顔は見るからに嘆かわしい。
 彼らの親だってきっと、優秀な息子に最高の教育環境を与え、彼らはその親の期待に答えてきたはずなのに・・・・、である。

 “言葉遊び”の大御所(というか読み間違えの常習犯)である麻生太郎財務大臣に、「顔の悪い」とか「暗い」とか表現された石破茂さんと共に、「頭の悪い」と指摘された安倍総理と昭恵夫人のために、彼らは、彼らの一生をすっかり汚してしまった。
 今は一国の総理大臣といっても、十年もすれば鳩山由紀夫や管直人と同様か、それ以下の“歴史上ダメな総理大臣の一人”でしかない人の為に、エリート官僚の一生を汚しているのである。
 今からでも遅くない。「『膿を出し切って欲しい』と言っている安倍さんこそがその“膿”である」と、全部曝け出したらどうか?

 今回の一連の騒動は、小物の安倍総理と軽薄な昭恵夫人の腋(わき)の甘さが原因である(昭恵夫人の腋なんて絶対、舐めたくもないが・・・)。
 昔の総理大臣や政治家の「疑獄」といえばロッキード事件のように大きな金が動くような犯罪だったが、森友学園との昭恵夫人も、加計学園との安倍総理も、小さな、本当にせこい子供社会のような“エコ贔屓”的な関係を国の財源や許認可権で行ったのが原因なのである。

 私が人口22万人の自治体の長を12年間勤めていた間、常に心がけていたことは、「政治は最高の道徳である」、「政治家は全体の奉仕者である」、といった自己規律の言葉であった。

 巨悪のような政治家が国政を動かしているように見受けられるアメリカ、中国、ロシア、北朝鮮などと比べれば、日本は小物の政治家や官僚によってメルトダウンしているだけまだマシなのかもしれない。嘆かわしい事だが・・・・・・。

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2018年5月1日(火) 20:32

言葉遊び(その2)

 言葉遊びが命取りになる昨今、「口は災いのもと」という言葉を唱える遊びをしましょう!皆さん!

 安倍総理と腹心の友の加計とやら、更には佐川前国税局庁長官は、福田前財務事務次官の言葉遊びで、(あーマスコミの攻撃が逸れた)とホッとした。

 そして、福田前財務事務次官はTOKIOの山口君の未成年女子に対する“言葉遊び”で、(あーマスコミの攻撃が逸れた)とホッとした。

 話はかわるが、
 私は大学卒業後、アメリカの大学院へ留学すべく、英語の勉強のためにELEC(英語教育協議会)というところに約1年通った。
 このスクールはとてもハードな教育方法で、アメリカ・イギリス・アイルランドなど、英語を母国語とする先生による実践の会話教育で、午前中に声がかれるくらい発音と文章表現をさせられた。
 自慢話のようで心苦しいが、修了式には私が修了生代表のスピーチをさせてもらった。
 余談だがもう一人、代表で修了証を受け取ったのは、日本の官費でマサチューセッツ工科大学に留学するとびきり優秀な京都大学の大学生だった。  もう一つ余談だが、私はエール大学の大学院と、プリンストン大学の大学院(ウッドロー ウイルソン スクール)を受けたが、不合格だった。

 さて本題である。  その修了生代表のスピーチで私は、「我が国は昔から“言霊(ことだま)の幸きわえる国”と言われてきた。そしてそのことだま(言霊)とは、口から発したその瞬間に言葉には魂(心・スピリット)が宿り、、自分や人様(ひとさま)の人生を大きく変えることがある」というようなことを話した。
 言葉は意思を伝えるツール(道具)だが、人の心そのものなのである。
 正確にお伝えできないのは、そのスピーチのメモをアメリカに留学する予定の、同じ修了者の可愛い女の子(静岡の製紙会社のお譲さん)にあげてしまったので手元にないからである。

 これぐれも、福田前事務次官、TOKIOの山口君、佐川さん、安倍さん、昭恵さん、言葉遊びにはお気を付け下さいね?
 「ことだま(言霊)」を大切に、ね?

 さて写真だが、4月22日に鎌倉婦人子供会館の中庭で行われた「第4回 鎌倉 チャリティ コンサート」のスナップである。  私が全体の総合司会を務め、我がバンドが最後の大トリ出演をした。
 約100人のお客さんに、約50人のバンドメンバーやスタッフで、大盛況でした。
 日本語と英語の言葉や歌が飛び交い、賑わい、楽しくもあり、素晴らしい“言霊の幸わえる”コンサートだった。




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