土屋きみやす−ツッチーレポート

2018年11月の記事

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2018年11月25日(日) 18:56

年末の今日この頃

 先日、高校時代同期だった友人の「茶陶とうつわ」展があり、新宿に行って来ました。因みにこの友人は萩焼の陶芸家で、今や山口県指定無形文化財萩焼保持者で、昨年、旭日双光章を授かっております(いわゆる叙勲)。案内状と彼の作品をご覧ください。









 あいにく今回はお昼時に行ったので、食事に行っている本人岡田裕君とは会えませんでした。

 というのも、東京に行ったついでに、駒場東大前の日本民藝館で開催中の白磁展(柳宗悦の朝鮮白磁コレクション約150点が展示)が最終日だったので、日の高いうちにそちらに向かったのです。






 そしてそのまま近くの旧前田侯爵駒場本邸(洋館と和館)や駒場公園などを散策してきました。本格的な紅葉はまだでしたが、紅葉や桜、雪景色などの季節も見ごたえがありそうな、また来たくなる風景が沢山ありました。以前行った前田家ゆかりの金沢にも、鎌倉別邸(現在の鎌倉文学館)にもまた行きたくなりました。










 ところで、久しぶりに小田急で新宿に行き、こちらも久しぶりな井の頭線で新宿→下北沢→駒場東大前→渋谷と、大学時代の通学経路を懐かしく乗り継ぎました。
 小田急の鶴川を過ぎたあたりでは(この辺にガールフレンド?の家があったなぁ)とか、井の頭線では満員電車のいろいろな思い出(痴漢はしなかった)が、脳裏にまるで走馬灯のように浮かんでは消えました。
 渋谷にはちょくちょく来ているのですが、最近の変貌ぶりには驚きの連続です。もちろん今は、あの当時の恋文横丁も百軒店もハチ公前の池もありません。

 そうそう、そういえば、私が「東京に行ってきた」というと、お嫁に来た当時の家内は、「その東京に行くという地方の人みたいな言い方は止めてよ。渋谷に行くとか、銀座に行くっていってよ」といっていましたが、最近では家内も「東京に行く」といいます。

 最後に、12月2日にうかい亭で「クリスマス ランチ ライヴ」を開催いたします。
 お蔭様で、既にほぼ満席(11テーブル×9人)の90数名の御返事を頂いておりますので、ここではフライアーだけでもご覧ください。



 無事に終了いたしましたら、ご報告をさせていただきます。

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2018年11月1日(木) 15:03

最近の雑感諸々(もろもろ)

 歳をとったせいか、最近、「近頃の若者は・・・」というぼやきから、「近頃のテレビや新聞は・・・」という憤慨(怒り・あきれる事)が多くなりました。
 先日の読売新聞第1面「編集手帳」に、「袖振り合うも多少の縁」って書いてありましたので、新聞社に「語源は仏教の言葉で、“袖触れあうも他生の縁”でしょう」と指摘したのに、なんの回答もなく、編集手帳での訂正やお詫びもなかった。まあ、恥ずかしい文章を書いた編集者は無視したいのであろう。読売新聞ってこの程度なのです。

 NHKの大河ドラマ「西郷どん」での時代考証などの誤りは、毎回、随所に現れるので、最近は気にしないようにしている。
 でも、いくらなんでも、もう少し真面目にやってもらいたい。

 朝の連続テレビ小説も気になる。
 FBには書いたが、昭和20〜21年の終戦直後の屋台で、ラーメンを(ラーメンがその頃、既にもうあったかどうかも疑問だが・・・)、主役の夫婦が割り箸を使って食べていた。確か、私の幼少の時代に割り箸はなかった。ましてや屋台である。
 NHKの番組関係者全員が終戦直後を知らない世代なのであろう。
 その放映の数回後、世良という役の人が、世の中の不公平を表現するのに、「抑留された人もいれば、帰国出来た人もいる」とか、「戦犯もいれば〜」と言っていたが、終戦直後、一般の人が既に(シベリア)抑留の事実や、未だ始まるか始まらないかの極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決結果でいわれた「戦犯」という言葉を、既に知っていたはずがない。
 世の中、イライラする事ばかりである。

 新聞のエッセイ(随筆)筆者もいい加減である。
 ある人が、シャツのボタンホールの一番上だけが横長の穴だと最近気が付き、歳をとるのも良いもんだと書いていた。
 私がアパレル関係出身者だからではなく、誰でもボタンホールが立てか横かなど気にもしていない。ただ使いかっての良さからの常識なのである。
 更に、私が着ている数社のメーカーのシャツは一番下のボタンホールもほとんどが横長であるが、これは(ここでボタンは最後ですよ)というシグナルなのである。
 この程度のエッセイで原稿料を貰っている人が世の中には存在しているのである。

 NHKの時代考証者も同様である。

 世の中ほとんどこの程度なのでろうか、幼稚園の孫が時々テレビを見てイライラしている私に、「そういうもんよ」って言うけれど、そういうもんなのであろう。

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