土屋きみやす−ツッチーレポート

2018年7月4日(水) 18:24

「あらまほしきことのは」

―柳瀬唯夫首相秘書官(当時)の場合―

 愛媛県職員に「首相案件」だと脅しをかけたのに、すっ呆けて国会では「首相という言葉は使いません」などと柳瀬さんは言っていたが、それなら「総理案件」といったのだろうが、それは本論からは外れた単なる“論理のすり替え”であり、“言い逃れ”だ。
 ちょうど、安倍総理が「記録にない」「記録にない」と言い逃れていたのと同じだ。
 私が野党の国会議員なら、「たとえ記録になくとも、あなたの記憶にあるでしょ?」とっ言ってやる。健忘症や認知症でない限り、腹心の友と会った日の事や、話した内容を記憶にないとは言わせない。やはり安倍晋三は最下級の政治家だ。

 さて、この柳瀬唯夫首相秘書官(当時)だが、話が橋本龍太郎内閣時代に遡ることをお許しいただきたい。
 1997年、旧通産省大臣官房に『政策実施体制審議室』なる部署ができて橋本行革がスタートした。この時に選ばれた選りすぐりの役人の一人がこの柳瀬唯夫さん。他に、今をときめく野党の江田憲司さんは政務秘書官として、また私が現職市長当時に全国市長会の海外研修で一緒に北欧に行った岡山県美作市長の萩原誠司氏も80年入省の最年長のメンバーだった。

 また、平成七年に私が大和市長に当選した大きなエポックとなった決起大会は、橋本龍太郎通商産業大臣(当時)が応援に来てくれたからである。

 その最大功労者は甘利明さんである事も付言しておくが、この時代の橋本龍太郎さん、江田憲司さん、萩原誠司さん、など皆さんを良く知っているからこそ、柳瀬さんには晩節を汚して欲しくない。

 しっかりと記者会見を開き、加計疑惑の実話を開陳し、謝罪し、出来る事なら、日大アメフト部の違反タックルをした選手のように、「悪いのは内田監督ならぬ安倍総理だ」と言って欲しい。

 しかし、世間では、前川喜平前文部科学事務次官を「信用できない」と悪く言ったり、中村時広愛媛県知事を「マスコミから注目されたいだけの人物」と評価しない人もいることは確かである。悲しい事だが、現政権支持者にはそのような人が多いし、私の周りにもいる。

 ところで、現在のように国を任せられる政治家がいない時には、甘利さんの支持者は(つくづくあの時の不祥事が無ければ・・・・)、と思っているであろう。
 私もそう思ったので、ある時、甘利さんをよく知っている私の厚木高校時代のバスケットボール部の1学年後輩にあの事を(あの当時の清島とかいう秘書が悪かったのだろうな)と話したら、「あれは甘利の親父の頃からの古い付き合いの業者だから、秘書が勝手にやったのではない。甘利の指示だ。」と言っていた。
 彼は、「厚木青年会議所時代、甘利は俺のカバン持ちだった」といつも自慢げに豪語している。
 幾つになっても、特に質実剛健のナンバースクールである厚木高校の先輩と後輩とはこんなもんである。

 次回は多分、先日インタビュー取材を受けたものが活字化されるので、それを転載するつもりでいる。

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