土屋きみやす−ツッチーレポート

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2019年2月26日(火) 10:21

講演が無事に終わりました

 前回のブログでご案内いたしました大和地区日中友好協会主催「春節の集い」での私の講演が無事に終了いたしました。
 いつも私のライヴや講演会にお出でいただく友人にご案内いたしましたら、多くの方がお出で下さり、お陰さまで盛況のうちに終了いたしました。
 主催者(当協会の会長)からの御礼のメールによりますと、通常の倍以上の方がお出でいただいたとのことですので、私としても安心いたしました。



 さてその講演でレジュメのような内容をお話ししたしましたが、中国3000年の歴史と我が国の関係を1時間でお話しするのは至難の技で、話し足りなかったことが沢山ありました。
 加えて、歴史のお話ですから、国家間の難しい外交や軍事的問題、更にはそれらの評価や認識が聴く人々によって随分と異なると思いますので、レジュメの「1.はじめに」で、「私の個人的な見解であり、内容も諸説ある」という事を確認させていただき、本論に入りました。
 講演で最も伝えたかった事は、江戸時代に西洋のさまざまな先進性を蘭学という学問で知り得、それがアヘン戦争に見られるような堕落した清国(当時の中国)という国家と比較する事によって、明治以降、とりわけ先の戦争の頃の対中国感、すなわち中国蔑視の萌芽が生まれたのではないかということでした。
 レジュメの「3.その対中国史観の変遷」で、拙著『江戸の奇人 天愚孔平』や岩波思想大系『洋学 上』、などから引用した、天愚孔平(萩野信敏=雲州松江藩の家臣・儒学者)が大槻玄沢の『蘭学階梯』の序文で言及しております内容(こちらは中国の良い面に言及しているが)や、杉田玄白の『狂医の言』などから、それらの変遷をお話しいたしました。
 後半では、日中国交回復時の田中角栄と周恩来、また明治時代の清国を倒す革命運動をしていた孫文とその支援者である宮崎滔天や頭山満などのお話し、更に、最後の15〜10分で私と日中友好運動との関りを話しいたしました。
 将に3000年の歴史を1時間の掛け足でお話しいたしましたが、言い足りなかった事ばかりの講演会でした。

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