土屋きみやす−ツッチーレポート

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2017年4月14日(金) 11:32

大好きな桜を愛でに、京都と吉野に行って来ました。

 9日に行われた鎌倉婦人子供会館活動支援の「古都鎌倉でブルーグラスミュージックを楽しむチャリティコンサート」が、無事に終わりました。生憎の雨の中でしたが、会館の活動としては会館のバザーに次ぐ多数の来場者(お客さん125名、バンドメンバー・出演者&ボランティア45名)で、第3回目の今年も来場者記録を更新いたしました。ご来場いただきました皆さまに、主催者の一人として心から御礼を申し上げます。来年はもう少し暖かな季節にして、ここの素敵な中庭で行おうと話しております。その節はまたよろしくお願いいたします。



 そうそう、我がバンドのステージ(写真)と、私事ですが私の総合司会並びに出演時のトークなど、全体的にはおおむね好評のようでした。(私の唄と演奏は失敗だらけでしたが・・・)。

 翌10日は、家でいろいろな用事を済ませたり、11日の明治大学の講義準備に終始しました。

 11日は結構強い雨で寒い1日でしたが、早めに家を出て神田神保町すずらん通りの「キッチン南海」でクリームコロッケカレーを食べてから明治大学に向かい、無事に講義を済ませました。
 第一回目のこの日は主に現行の日本国憲法成立時の事などをテーマにした話をしました。

 12日は早めに自宅を出発して羽田に向かい、伊丹空港へ。
 空港から最初に向かったのは京都の御室仁和寺。今年は全国的に桜が不順の為、遅咲きの御室桜はまだまだ蕾でした。本堂(金堂)などお参りしたあと、境内を散策いたしました。今までも3〜4回お参りをしているのですが、昔より外国人など観光客が多いのには驚きました。40年ほど前に来た時は桜が満開でもこんなでは無かったし、千社札が貼れるくらい来場者が少なかった。  山門の私の札(仁王様の左の先に見える)が無事に残っていました。



 続いては、しだれ桜の斎王桜(ピンクの方)と御所桜(白い方)が朱塗りの鳥居などに映えて美しい上賀茂神社。



 そして平安神宮へ。平安神宮の庭園は神田水道橋の後楽園を大きくしたような回遊式の庭で、なかなかのものでした。



 その後、南禅寺に向かい、南禅寺からずっと哲学の道を歩き、そのあと円山公園へ。この日は19061歩、歩きました。



 その後、奈良に移動。夕食を食べてからホテルに。
 13日は朝から吉野山。

 高校時代に覚えた次の古文のフレーズから、一度は来たかった吉野です。

  「頼山陽 母を奉じて吉野に遊び 一目千本に至る。 母 大いに喜びて曰く “桜花爛漫として雲のごとし”」


 幸い暖かな日になり、桜見物には最高のお天気でした。
 下千本と中千本辺りまで歩き、”一目(ひとめ)千本”といわれる吉野の桜を堪能いたしました。



時間的な制約もあり、とても上千本、奥千本までは行かれませんでしたが、全山には約1万本の山桜があるといわれております。この日は15802歩、歩きました。

 もちろん金峯山寺にお参りし、本尊の金剛蔵王大権現を拝んでまいりましたが、大きな本堂の内陣一杯に立つ、3体の秘仏の迫力ある形相と、その大きさにも圧倒されました。
 また是非訪れたい場所です。

 奈良県は通り過ぎたことはありますが、訪れた事が記憶にない最後の県でした。」
 まだまだ奈良にも訪れたいところが沢山ありますが、とりあえずこれで日本全国47都道府県は全て走破した事になります。

 次は改めて、西国観音霊場(和歌山・奈良・大阪・京都・滋賀など)遍路を目指したいと思います。

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2017年4月7日(金) 08:07

日も迫ってしまいましたが、4月9日のご案内です。




 ブログをご覧の皆様に、このご案内するのが遅くなりました。ゴメンナサイ。  4月9日(日曜日)のお誘いです。

 3年前に友人たちと企画してその年に実施し、今回で3年目で3回目の「ブルーグラス コンサート」です。
 私も言い出しっぺの一人(チャーターメンバー)ですので、全体の総合司会と、バンドとしても出演いたします。
 是非、是非、お出でいただければ幸いです。
 詳しくは、このフライアー(チラシ・パンフレット)をご覧ください。

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2017年3月28日(火) 20:57

最近読んだ本。




 最初に最近読んだ本を列挙してみる。
 吉村昭著『アメリカ彦蔵』
 佐々木譲著『武揚伝』一・二・三・(四は入手出来ず未読)
 吉村昭著『黒船』
 吉村昭著『桜田門外ノ変』上・下
 司馬遼太郎著『箱根の坂』上・中・下
 青柳恵介著『風の男 白洲次郎』
 であり、今読み直しているのが吉村昭の『落日の宴 勘定奉行川路聖謨』。

 先ず、最近急に“ジョセフ彦”の事をもっと知りたくなったので、吉村昭の『アメリカ彦蔵』を買って読んだ。以前、幕末に通詞(通訳)として活躍した森山栄之助の事を吉村昭の『海の祭礼』という本で読み、吉村昭の本は小説とはいえ史実をしっかりと漁って書いている事に感心したのと、ジョセフ彦に関してはジョン万次郎と共に気になっていた人物である事、さらに横浜の中華街にある「日本での新聞発祥の地」の碑文にジョセフ彦が日本で新聞を始めて発行した人物、と書いてあったことなどからであった。
 徳川幕府の通詞に徹していた森山栄之助、漂流民から後にアメリカから危険を冒してまで帰国して日本で活躍したジョン万次郎、結局アメリカ国籍を取得せざるを得なくなりアメリカ人となった漂流民のジョセフ彦、それぞれ大変興味のある人物であり、彼らを通して幕末の外交を学ぶこともできた。

 次に、私が尊敬する幕臣旗本の榎本武揚をこの佐々木譲の本でさらに知ることができた。佐々木氏も史実を丁寧に調べて書いているので、心地良く武揚のオランダ留学から凾館五稜郭まで読み進んだが、この『武揚伝』の四が入手できていない。アマゾンでは私の嫌いなKindle版しかないし、三省堂でもブックオフでも見つからなかった。
 それにしても、つくづく榎本武揚は偉大な人物である事を再認識した。
 その四で、明治新政府での活躍を読むのもこれからの楽しみである。

 次に読んだのは『黒船』と『桜田門外ノ変』上・下。
 桜田門外の変に関しては、以前、水戸浪士の中心人物である関鉄之助の子孫という人から本を頂いて読んでいたのと、水戸の人達がお金を出し合って制作した映画「桜田門外の変」に感動をしたことから、これを読んで更に知識を深めたかったのである。
 さらに言えば、どうして井伊直弼への天誅のもう一方の主謀グループであった薩摩藩が手を退いてしまったのか、を知りたかった。(注:ただし、薩摩藩からは井伊直弼の首を斬り落として自害した有村次左衛門だけが参加している。)
 などの興味から読み進んだが、つくづく、横浜の掃部山公園と井伊掃部守の銅像は気に入らない。

 最近、高校の同窓会の一つの支部である子鮎戸陵会で講演をした際、神奈川の発展に活躍した人物の一人に北条早雲を挙げて話をしたのだが、私自身として更に北条早雲の伊勢新九郎の時代から知りたくなり、司馬遼太郎の『箱根の坂』上・中・下を一気に読了した。
 独特の司馬史観と、得意の「エッ!」とするような例示表現に幻惑されながらも、面白く、興味深く読み終わった。

 最後に『風の男 白洲次郎』も興味深く読んだ。
 以前、『白洲次郎の日本国憲法』(鶴見紘著)は読んだが、また違った視点からでもあり、とても面白かった。
 奥さんの白洲正子も良いし、住まいだった鶴川の武相荘も良いけれど、戦後日本の復興に大きな役割を吉田茂の元で果した彼をもっと知ってほしい。 さらに言えば、本当のゴルファーとして、真に車を愛した1人の男として、などなど、もっと評価してほしい人物である。

 私が最近読んだこれらの人物のように、素晴らしい人々が過去の歴史の中にまだまだ多くいる。

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2017年3月14日(火) 16:53

3月もはや中旬。最近思う事。

 先日カレンダーを3月にめくったと思ったら、その3月ももう中旬。日々が走り去っていくような感がする。

 「近頃の若者は・・・」と思うのは自分が歳をとった証拠だが、最近は「近頃の世界の指導者は・・・」と思ってしまう。
 各国の指導者が2流か3流の人物に思える。

 強権・権力志向の強いロシアのプーチン、中国の習近平、アメリカのトランプ、などなど人の上に立つような人格者とは言い難い。
 北朝鮮の金正恩に至っては論外であるが、我々の常識の理解を越える事をやり続けるので怖い存在である。世界の平和のバランスを壊しかねない行動を起こすという点で要注意人物である。その彼、実はbQかbRのパペット(操り人形)という説もある。
 韓国では北朝鮮の指導部を攻撃する「特殊任務旅団」の部隊(約1000人)を2年前倒しで12月に創設するらしい。刺客部隊の創設を大統領が不在のような状態でもスタートさせるほど喫緊の課題なのであろう。
 その韓国もまた我々の常識を超えている国である。歴代大統領が皆、暗殺、自殺、逮捕、収賄、不審死。ここで朴槿恵大統領も失脚した。失脚に関して賛成と反対のデモで死者が出るというのも驚きである。
 私は、朴槿恵大統領がフェリー「セウォル」転覆事故の時、数時間所在不明だった事に怒りを覚える。300人以上の死者、とりわけ295人の亡くなった高校生が可哀想でならない。どうして船室に留まらせられたのか?助けられた命である。

 日本の指導者はどうか?安倍晋三は総理としての資格ありや?昭恵という奥さんどうか?私はテレビであの夫婦の顔を見るのも嫌だ。うんざりである。  石原慎太郎も晩節を汚している。豊洲の問題もさることながら、現職中の公費無駄遣い(親馬鹿→四男の事業に7億の補助金、長男伸晃らとの会食。超豪華海外出張などなど)も大きな問題だ。

 今、日本や中国などに”君子”は存在しないのか?  私は私なりに、日々、緑や花々、そして海や山の自然に接し、私なりの生き方を求め“浩然の気”を養っている。

 最近登った箱根の金時山からの美しい富士山の姿を掲載しますので是非ご覧下さい。

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2017年2月20日(月) 10:33

2月中旬の事など。

母校である県立厚木高校同窓会「戸陵会」の支部の1つ「子鮎戸陵会」から講演依頼があり、2月15日におこなって参りました。
 演題を主催者にお任せ致しましたら、添付のレジュメにある「相模の国の発展に活躍した人々について」という題でした。
 相模の人物というと、やはり地元でもあり、次から次へと下記の人物名が頭に浮かんできました。
 源頼朝、太田道灌、伊勢新九郎(北条早雲)、尊徳二宮金次郎、権田直助、咢堂尾崎行雄、吉田茂などなどであり、1時間の講演ではとても時間が足りませんでしたが、どの人物も話したい逸話等沢山あるので、総花的でしたが早口で約1時間、お話をさせていただきました。
 出席者の三分の一以上が同期の友人たちでもあり、おおむね好評だったようで、懇親会の席でも今後、「他の支部や本部の連合会で講演を頼もうか」、といった話もあり、とても嬉しい一日でした。

 翌日の16日からは2泊3日で、北陸の金沢と白川郷などを旅してまいりました。
 北陸新幹線に乗ってみたいのと、今まで何度か金沢も白川郷も訪れてはいるのですが、雪の季節に行ってないので、雪景色を見たいという理由、更には温泉や紅ズワイガニなどの日本海のお魚料理を堪能したい、といった理由でした。

 残念ながら金沢には雪が無く、兼六園の雪吊りも徽軫(ことじ=琴柱・雪見)灯籠もチョッと淋しい雰囲気でした。



 富山の白川郷のほうはさすがに雪深く、合掌造りのかやぶき屋根の雪は圧巻で、裏山の展望台から幻想的は風景を写真に収めることができました。


 今回、訪れた所で、想定外というか予想以上の収穫が、拝観した2つのお寺でした。
 1つ目は加賀百万石祈願所の「日蓮宗 正久山妙立寺」。ここは俗に“忍者寺”と言われておりますが、そんな軽薄な通称のお寺では無く、造りも立派で、隠し階段、落とし穴階段、仕掛け賽銭箱、屋内の太鼓橋などなど、四階七層二十九階段の小さなお城の内部のようなお寺でした。添乗員さんもホテルでも、「予約が必要なお寺」といわれましたが、お寺に行ってインターホンで次の時間までに予約をすれば拝観できました。是非、皆さまも行って見て下さい。

 もう1つは国宝の「高岡山瑞龍寺」。こちらは曹洞宗のお寺で、とにかく圧巻でした。
 特に仏殿。鉛板で葺かれた屋根を支える為か、総欅(ケヤキ)造りのその屋根裏の上層軒組、扇垂木、エビ虹梁などは何時まで見ていても見あきないほどの素晴らしさでした。
 白川郷の合掌造りはもちろんですが、日本の建造物、とりわけ寺社建築の素晴らしさを堪能しました。

 ツアー旅行の欠点である駆け足観光や、お土産店への多い立ち寄りも、そもそもツアーとはそういうものと受け止め、それなりに自分の見方(興味のあるところに自分が集中すること)や、利用の仕方(トイレ休憩やコーヒータイムやソフトクリームタイムとして活用)で充分楽しめました。

 新幹線、ホテル、温泉、バスの移動、お料理、帰りの飛行機と、旅の満足に華を添えてくれた旅でした。

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