土屋きみやす−ツッチーレポート

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2019年1月1日(火) 00:03

新年明けまして おめでとうございます

 新年明けまして おめでとうございます。今年もよろしくこの「ツッチー レポート」をご覧ください。



 さて、今年の年賀状ですが、こんな内容のものをお送りさせていただきました。



 ところが、です。
 ここに掲載したものは、正しいのですが、猪(いのしし)のスタンプを二百数十枚すべて上下逆さまに押してしまったのです。

 お嫁さんがこのゴム印を作成してくれて私が押したのですが、お嫁さんがお買い物から帰って来て「ジイジ!このいのしし逆さまじゃないの!」と言いました。
 既に手遅れ!全ては終わっていたのです。
 ということで、今年の猪は、まるで逆さに吊るされたようになっております。
 そういえば押しながら、このいのしし(何処かの国か島の地図のようだなぁ?)とか(モモンガのようだな?)と思っていました。

 まあ、12年後の年賀状にはチャンと上下を気をつけて押します。
 という事で、やはり「Ninchi(認知)」症候群がヒタヒタと近づいてきております。

 格言(夫婦の事か?)に曰く

  20歳代 愛情
  30歳代 努力
  40歳代 我慢
  50歳代 あきらめ
  60歳代 惰性
  70歳代 感謝
  80歳代 ボケ・勘違い

 今年私は未だ73歳になるのですが、そろそろボケ・勘違い・Ninchiが始まっております。

 こんな私ですが、今年もよろしくお付き合いください。

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2018年12月22日(土) 22:40

今年もクリスマスパーティなど、
年の終わりまでお世話になりました。

 先日、書類などの類(たぐい)を整理(終活?断捨離?)していましたら、懐かしい2006年のクリスマスパーティのフライアーが出てきました。



 このパーティでは、私の友人がリーダーをしている「クラッパーズ」というほとんどプロのようなオールデーズの4人組コーラスを招いての楽しいパーティでした。
 この時の私は、彼らに飛び入りしてニ―ル・セダカの「One way Ticket」を一緒に唄いました。

 この頃は後援会(若い大和を創る会・土屋きみやすの会)が主催などをしておりましたが、1番最初は20数年前になります。
 当時大和にあった結婚式場「雅翔」というところにグランドピアノを運び込んで、私の友人の大隅寿男トリオと某有名女性ジャズシンガーを招いた本格的なディナーパーティでした。
 私もブラックタイ(タキシード)でお客様をお迎えし、大隅トリオの演奏で「You'd be so nice to come home to」を唄いました。

 雅翔から大和グランドホテルと会場を換えて,ずっと続けておりましたが、1度だけ保健福祉センターで行いました。でもやはり、特に女の方はクリスマスパーティらしくドレスアップしてゆくところが良いとのご意見も多く頂き、その後は、「横浜うかい亭」で開催しております。
 パソコンのデータに2012年のフライアーがありましたので、こちらもご覧下さい。



 昨年は春にジャズのパーティを実施いたしましたが、やはりクリスマスシーズンが良いとのご希望もあり、有り難い事にうかい亭からのオファーも頂きましたので、12月2日に開催させていただきました。この時のフライアーと写真などは前回と前々回のブログをご覧ください。


 という事で、今年もいろいろと皆様にはお世話になりました。  今年も残り少なくなりましたが、良いお年をお迎え下さい。

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2018年12月4日(火) 16:15

恒例の
“うかい亭 クリスマス ランチ ライヴ”
が無事に終了いたしました。

 毎年行わせていただいております年末恒例の「クリスマス ランチ ライヴ」を、横浜うかい亭(所在地は大和のつきみ野)で開催させていただきました。 



 昨年は春にジャズのランチライヴを行いましたのでクリスマスは2年ぶりの実施でしたが、多くの方にお出でいただき、無事に終了いたしました。

 開会の挨拶(私)、横浜うかい亭の細田支配人の挨拶、副料理長の特別メニューの紹介(写真)と続き、乾杯(音頭は私)と進み、皆様にはその後ご歓談をしていただきながら、お料理を楽しんでいただきました。



 本当は1テーブル8人で10テーブル(計80人)くらいが適正な広さなのですが、お陰さまで毎回多くの方に申し込みを頂きますので、うかい亭に無理を言って99人(9人×11テーブル)まで、毎年申し込みを受け付けさせていただいておりますが、今回は、御都合の悪い方や他のイベントと重なってしまった方などで、90数人の方にお出でいただきました。

 1時間ほど御食事をしていただいた後、メインデイッシュの肉料理のあたりから、大学の後輩たちと編成しているバンド「セレクテッド ブルー マウンテン ボーイズ」の演奏をお聴きいただきました。



 家内が1曲(「When I’m Gone」)、私(「Cuckoo Bird」)、後輩の染村さん(「Thinking About You」)と続き、また私が1曲(「Harbor Of Love」)、そして姉のエラ斎藤(純粋の日本人)が2曲(「Tennessee Waltz」、「Amazing Grace」)、バンド演奏(「Foggy Mt.Breakdown」)とお聴きいただきました。

 そのまま第2部として、今回初めて試みました「曲名(唄っている人・バンド名など)を当てていただく御客様参加ゲーム」を行いました。
 賞品はアメリカオレゴン州産のワイン、うかい亭のクッキー、焼酎、果実酒などを準備いたしました。

 ジャズ2曲(「My Funny Valentine」、「What A Wounderful World」)、演歌1曲(「俺は絶対プレスリー」は誰の曲か?答え吉幾三)、ポピュラーの曲名と歌手かバンド名3曲(ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」、ジョン・デンバーの「Take Me Home Country Road」、アリスの「チャンピオン」)、C&W1曲(「Jambalaya」)、などを主に私が唄い、早い者勝ちで答えていただきましたが、複数の方々が手を挙げたり、題名を間違える人がいたりと、結構盛り上がり、楽しい雰囲気で進みました。

 また音楽ばかりでは判らない方もいらっしゃるかと思い、平成という元号では最後のパーティですので、「元号」に関する問題を3つお出ししました。
 @ 平成・昭和・大正・明治の前の元号は何か?(答え「慶応」)
 A 1〜2年で換わってしまった元号の中で、桜田門外の変(井伊大老が殺された)が起きたのは?「○○元年」か?(答え「万延」)
 B 歴史上最初の元号は何か?(「答え「大化」)

 最後に1つ残った賞品は、この日(12月2日)に最も誕生日が近い人にプレゼントさせていただきました。

 こうして後半の1時間もあっというまに過ぎ、最後に「Will Meet Again Sweetheart」を1番染村、2番石橋、3番私が唄い、ステージを終了いたしました。

 そしてお帰りには、皆様にステージの前にディスプレーしてありましたシクラメンをお持ち帰りいただきました。

 来年も出来るかどうかわかりませんが、お帰りになる時に多くの皆様から「来年も絶対やってね」といわれました。

 お出でいただきました皆様、本当にありがとうございました。

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2018年11月25日(日) 18:56

年末の今日この頃

 先日、高校時代同期だった友人の「茶陶とうつわ」展があり、新宿に行って来ました。因みにこの友人は萩焼の陶芸家で、今や山口県指定無形文化財萩焼保持者で、昨年、旭日双光章を授かっております(いわゆる叙勲)。案内状と彼の作品をご覧ください。









 あいにく今回はお昼時に行ったので、食事に行っている本人岡田裕君とは会えませんでした。

 というのも、東京に行ったついでに、駒場東大前の日本民藝館で開催中の白磁展(柳宗悦の朝鮮白磁コレクション約150点が展示)が最終日だったので、日の高いうちにそちらに向かったのです。






 そしてそのまま近くの旧前田侯爵駒場本邸(洋館と和館)や駒場公園などを散策してきました。本格的な紅葉はまだでしたが、紅葉や桜、雪景色などの季節も見ごたえがありそうな、また来たくなる風景が沢山ありました。以前行った前田家ゆかりの金沢にも、鎌倉別邸(現在の鎌倉文学館)にもまた行きたくなりました。










 ところで、久しぶりに小田急で新宿に行き、こちらも久しぶりな井の頭線で新宿→下北沢→駒場東大前→渋谷と、大学時代の通学経路を懐かしく乗り継ぎました。
 小田急の鶴川を過ぎたあたりでは(この辺にガールフレンド?の家があったなぁ)とか、井の頭線では満員電車のいろいろな思い出(痴漢はしなかった)が、脳裏にまるで走馬灯のように浮かんでは消えました。
 渋谷にはちょくちょく来ているのですが、最近の変貌ぶりには驚きの連続です。もちろん今は、あの当時の恋文横丁も百軒店もハチ公前の池もありません。

 そうそう、そういえば、私が「東京に行ってきた」というと、お嫁に来た当時の家内は、「その東京に行くという地方の人みたいな言い方は止めてよ。渋谷に行くとか、銀座に行くっていってよ」といっていましたが、最近では家内も「東京に行く」といいます。

 最後に、12月2日にうかい亭で「クリスマス ランチ ライヴ」を開催いたします。
 お蔭様で、既にほぼ満席(11テーブル×9人)の90数名の御返事を頂いておりますので、ここではフライアーだけでもご覧ください。



 無事に終了いたしましたら、ご報告をさせていただきます。

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2018年11月1日(木) 15:03

最近の雑感諸々(もろもろ)

 歳をとったせいか、最近、「近頃の若者は・・・」というぼやきから、「近頃のテレビや新聞は・・・」という憤慨(怒り・あきれる事)が多くなりました。
 先日の読売新聞第1面「編集手帳」に、「袖振り合うも多少の縁」って書いてありましたので、新聞社に「語源は仏教の言葉で、“袖触れあうも他生の縁”でしょう」と指摘したのに、なんの回答もなく、編集手帳での訂正やお詫びもなかった。まあ、恥ずかしい文章を書いた編集者は無視したいのであろう。読売新聞ってこの程度なのです。

 NHKの大河ドラマ「西郷どん」での時代考証などの誤りは、毎回、随所に現れるので、最近は気にしないようにしている。
 でも、いくらなんでも、もう少し真面目にやってもらいたい。

 朝の連続テレビ小説も気になる。
 FBには書いたが、昭和20〜21年の終戦直後の屋台で、ラーメンを(ラーメンがその頃、既にもうあったかどうかも疑問だが・・・)、主役の夫婦が割り箸を使って食べていた。確か、私の幼少の時代に割り箸はなかった。ましてや屋台である。
 NHKの番組関係者全員が終戦直後を知らない世代なのであろう。
 その放映の数回後、世良という役の人が、世の中の不公平を表現するのに、「抑留された人もいれば、帰国出来た人もいる」とか、「戦犯もいれば〜」と言っていたが、終戦直後、一般の人が既に(シベリア)抑留の事実や、未だ始まるか始まらないかの極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決結果でいわれた「戦犯」という言葉を、既に知っていたはずがない。
 世の中、イライラする事ばかりである。

 新聞のエッセイ(随筆)筆者もいい加減である。
 ある人が、シャツのボタンホールの一番上だけが横長の穴だと最近気が付き、歳をとるのも良いもんだと書いていた。
 私がアパレル関係出身者だからではなく、誰でもボタンホールが立てか横かなど気にもしていない。ただ使いかっての良さからの常識なのである。
 更に、私が着ている数社のメーカーのシャツは一番下のボタンホールもほとんどが横長であるが、これは(ここでボタンは最後ですよ)というシグナルなのである。
 この程度のエッセイで原稿料を貰っている人が世の中には存在しているのである。

 NHKの時代考証者も同様である。

 世の中ほとんどこの程度なのでろうか、幼稚園の孫が時々テレビを見てイライラしている私に、「そういうもんよ」って言うけれど、そういうもんなのであろう。

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