土屋きみやす−ツッチーレポート

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2018年7月30日(月) 21:45

夏本番の7月は

 最近の官僚の不祥事(安倍総理夫婦との森友学園や加計学園に関する共謀、セクハラ、贈収賄の不正入学、総理周辺の公平性を欠く各省事務次官などの人事等々)を追求するのに疲れたので、今回は私の近況など。

 私にとって7月は大好きな富士(登)山と祇園会(ぎおんえ)の月。

 今年の富士登山は7月12日〜13日に行いました。
 当初は6月の下旬(山開き前)に行こうと思っていたのですが、「連れて行ってくれ」という友人とのスケジュール調整から7月にし、更にお天気の具合を見て、1週間遅らせたのですが、それでもやはり12日の登りは雨に降られてしまいました。
 翌日13日のお天気は良くなったのですが、急登はんが続く富士宮口の8合目より上は文字通り“胸突き八丁”、今年1年間の他の山登り不足の私には厳しく、潔く(いさぎよく)3、200メートル程でリタイアして下山しました。





 写真は下山途中で日が登った静岡県側の富士宮登山道7合目あたりから見た、美しい東雲(しののめ)です。
 やはり、登山は単独で、自分のペースで登るのが一番です。
 8月か9月の始めに、久し振りの富士吉田口ルートを1人で登ろうかと思っております。

 そして京都の祇園祭。
 当初は昨年と同じ17日の山鉾巡行(やまぼこじゅんこう)に行って、山鉾の引き回し(竹と水で車輪の方向転換を何回かで行い、コーナーを90度廻る)の迫力を間近で見たかったのですが、17日には関係する会社の取締役会議があり、1週間後の昨年から復活した後祭(24日)のほうに行って来ました。
 前日の23日に京都につき、歩いて京都駅から五条大橋→清水寺の下あたり→4条大橋→祇園辺り→錦市場などを散策しましたが、やはり真夏の京都を歩くのは結構きつかった(約18、000歩ほど)です。

 24日は後祭(「あとのまつり」の語源)本番。
 ホテルの朝食を済ませてから、4条河原町の交差点に行き、高島屋の日陰になるコーナーで山鉾が来るのを待ちました。
 間近で引き回しを見る事が出来たので、祇園会を充分堪能いたしました。






 10時に開店した高島屋からの時折涼しいエアコンの風が背中にスーッと漂い、案外苦労せず、山鉾巡行を観賞する事が出来ました。  午後は一旦ホテルに戻り、夕方から少し涼しくなった京都の4条から3条辺りを散策。
 そのまま神輿が御旅所(おたびしょ)から八坂神社に御帰りになる渡御(とぎょ)を拝見いたしました。

 25日は、西国三十三観音霊場の16番札所清水寺→同17番六波羅蜜寺→同18番頂法寺六角堂(華道池坊の発祥地)→同19番行願寺革堂とお参りし、般若心経や延命十句観音経、真言などを唱え、御朱印を掛け軸と納経帳に頂いてきました。
 昔お参りした時に貼った私の千社札(納札)が、六角堂と革堂にそれぞれ残っていて、思わず感動いたしました。

 ということで、7月はヨットが1回だけ、ゴルフも1回と少なかったのですが、京都から夜の11時頃帰ってきた翌日の26日は大学の校友会湘南支部のコンペが芙蓉カントリーであり、参加して参りました。
 やはり、前日まであの暑い盆地の京都で3日歩き廻った翌日のゴルフで、スタートからボギー→トリプルボギー→ダブルボギー→トリプルボギーの9オーバー。OUT残りの5ホールは欲もなく淡々とプレーし計48。午後も欲もなくプレーし続けたらなんとINは41で回り、トータル89.
 高齢者の多い中でもあり、ベストグロス!
 更にハンデ改正で19も頂いたのでパープレー(芙蓉カントリーはパー70)で優勝でした。



 8月1日は菩提寺の施食会(せじきえ)=お施餓鬼(おせがき)。  13日〜15日はお盆
 あとはヨットにゴルフに海遊びなど、せいぜい真っ黒くなって、夏を楽しみま〜す。(笑い)

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2018年7月8日(日) 16:35

特定非営利活動法人

爆音訴訟調査研究センター

から取材を受ける。

厚木基地の騒音訴訟を国に対して起こしているNPO団体から、機関紙の特集記事掲載用のインタビューを受けました。
 いろいろと解説するより、掲載された文章をお読みいただくのが最も良いと思いますので、ここにアップさせていただきます。

 永いインタビュー記事ですが、ぜひ全文をお読みください。
























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2018年7月4日(水) 18:24

「あらまほしきことのは」

―柳瀬唯夫首相秘書官(当時)の場合―

 愛媛県職員に「首相案件」だと脅しをかけたのに、すっ呆けて国会では「首相という言葉は使いません」などと柳瀬さんは言っていたが、それなら「総理案件」といったのだろうが、それは本論からは外れた単なる“論理のすり替え”であり、“言い逃れ”だ。
 ちょうど、安倍総理が「記録にない」「記録にない」と言い逃れていたのと同じだ。
 私が野党の国会議員なら、「たとえ記録になくとも、あなたの記憶にあるでしょ?」とっ言ってやる。健忘症や認知症でない限り、腹心の友と会った日の事や、話した内容を記憶にないとは言わせない。やはり安倍晋三は最下級の政治家だ。

 さて、この柳瀬唯夫首相秘書官(当時)だが、話が橋本龍太郎内閣時代に遡ることをお許しいただきたい。
 1997年、旧通産省大臣官房に『政策実施体制審議室』なる部署ができて橋本行革がスタートした。この時に選ばれた選りすぐりの役人の一人がこの柳瀬唯夫さん。他に、今をときめく野党の江田憲司さんは政務秘書官として、また私が現職市長当時に全国市長会の海外研修で一緒に北欧に行った岡山県美作市長の萩原誠司氏も80年入省の最年長のメンバーだった。

 また、平成七年に私が大和市長に当選した大きなエポックとなった決起大会は、橋本龍太郎通商産業大臣(当時)が応援に来てくれたからである。

 その最大功労者は甘利明さんである事も付言しておくが、この時代の橋本龍太郎さん、江田憲司さん、萩原誠司さん、など皆さんを良く知っているからこそ、柳瀬さんには晩節を汚して欲しくない。

 しっかりと記者会見を開き、加計疑惑の実話を開陳し、謝罪し、出来る事なら、日大アメフト部の違反タックルをした選手のように、「悪いのは内田監督ならぬ安倍総理だ」と言って欲しい。

 しかし、世間では、前川喜平前文部科学事務次官を「信用できない」と悪く言ったり、中村時広愛媛県知事を「マスコミから注目されたいだけの人物」と評価しない人もいることは確かである。悲しい事だが、現政権支持者にはそのような人が多いし、私の周りにもいる。

 ところで、現在のように国を任せられる政治家がいない時には、甘利さんの支持者は(つくづくあの時の不祥事が無ければ・・・・)、と思っているであろう。
 私もそう思ったので、ある時、甘利さんをよく知っている私の厚木高校時代のバスケットボール部の1学年後輩にあの事を(あの当時の清島とかいう秘書が悪かったのだろうな)と話したら、「あれは甘利の親父の頃からの古い付き合いの業者だから、秘書が勝手にやったのではない。甘利の指示だ。」と言っていた。
 彼は、「厚木青年会議所時代、甘利は俺のカバン持ちだった」といつも自慢げに豪語している。
 幾つになっても、特に質実剛健のナンバースクールである厚木高校の先輩と後輩とはこんなもんである。

 次回は多分、先日インタビュー取材を受けたものが活字化されるので、それを転載するつもりでいる。

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2018年6月7日(木) 16:08

「あらまほしき ことのは」

(佐川前国税庁長官の場合)

 最近、虚偽やすっ呆け(スットボケ)の官僚を見るたびに与謝野晶子のあの有名な詩を思い浮かべる。
 その本文と、私が書き換えたものを、佐川前国税庁長官の緊急記者会見(があればだが)の(あらまほしき)全文の前に、先に書いてみる。
 なお後段の「すめらみこと(天皇)」は「総理大臣(安倍)」に換える。

 ―原詩― 

 あぁ おとうとよ 君を泣く、
 君死にたまふことなかれ、
 末に生まれし 君なれば、
 親のなさけは まさりしも
 親は刃を にぎらせて、
 人を殺せと をしへしや、
 人を殺して 死ねよとて、
 二十四まで そだてしや、

    (中略)

 君死にたまふ ことなかれ
 すめらみことは 戦ひに
 おほみづからは 出でまさね、
 かたみに人の血を流し、
 獣の道に死ねよとは、
 死ぬるを人のほまれとは、
 大みこころの深ければ、
 もとよりいかで思されむ、

    (後略)


 ―私の書き換え詩―

 あぁ 官僚よ 君を泣く、
 君 嘘をつく ことなかれ、
 賢に生まれし 君なれば
 親のなさけは まさりしも
 親は言葉を 換え続け
 人をだませと をしえしや
 人をだまして 死ねよとて
 二十歳(はたち)過ぎまで そだてしや、

    (中略)

 君 嘘をつくなかれ、 
 安倍の総理は 人前に、
 御自らは 出でまさね、
 かたみに 官吏の血を流し、
 獣の道に死ねよとは、
 死ぬるを 官吏のほまれとは、
 リーダー心の 深ければ
 もとより いかで思されむ

    (後略)

 さて、佐川前国税庁長官の記者会見(もしあれば、だが)のあらまほしきことのは(言葉)である。

 本日はお忙しいにも関わらず、マスコミの皆様におかれましてはお集まりを頂き 誠にありがとうございます。
 先日、日本大学アメリカンフットボール部の違反タックルを行った選手の記者会見を見て、まさに私の立場はあの選手であり、監督が安倍総理なのだと思いました。私も官僚という公人から一(いち)私人となった今、真実を皆様にお話して、これからは天に唾をすることの無い、世の中の皆様に対しましても、恥ずかしくない余生を静かに送りたいと思い、この記者会見を開く事に致しました。

 学校法人「森友学園」への国有地売却に関しまして、先日私への司法の判断は不起訴との事でございましたが、財務省の処分では停職3ヶ月の懲戒処分と退職金の減額に決定いたしました。
 心から、ご迷惑をお掛けいたしました国民の皆様にお詫びを申し上げます。

 さて、安倍総理ご自身と昭恵夫人の関与について申し上げます。
 総理から直接のご指示に関しましてはここでも、また今後も申し上げられません(地獄にまで持っていく)が、安倍総理と昭恵夫人に嫌疑かかからないよう、お二人をお守りする為に、私が部下に指示し、改竄(ざん)や廃棄をさせました事は事実でございます。部下に責任はございません、全面的に私の一存で行ないました。
 国土交通省大阪航空局や近畿財務局と森友学園との国有地取引に関しまして、鴻池祥肇(元防災相)氏の秘書、平沼赳夫(元経産相)氏の秘書、鳩山邦夫(元総務相)氏の秘書、柳本卓治(参議院議員)氏の秘書からは相談というお話し、またとりわけ昭恵夫人の秘書(政府職員)役である現イタリア日本大使館一等書記官の谷査恵子氏(栄転・海外逃亡:土屋注)からは度々強い相談(圧力:土屋注)があったことは事実でございます。
 当然、担当職員である私共と致しましては、安倍総理のご夫人である昭恵氏のご意向はすなわち、安倍総理の御意向であろうと考えて、そのご意向に沿うよう行動を行って参りました。
 2月17日の安倍総理の国会答弁(「私や妻が関係していれば、首相も国会議員も辞める」)を受けて、私が改竄(ざん)や廃棄を指示いたしましたのは、いわゆる皆さんがいうところの“忖度(そんたく)”をした結果でございます。

質問: 安倍総理や昭恵夫人から指示がなかったのですか?

答弁: 指示そのものはございませんでしたが、もしご夫妻が一切関与していないならば、廃棄や改竄(ざん)を指示をした私に対しまして、逆に怒ったでしょう。それをせずにむしろ「適材適所」という言葉の論功行賞で国税庁長官にし、私を野党やマスコミという敵前から逃亡をさせたことから、御夫妻の関与につきましてはお解りの事と思います。皆様でご判断下さい。

質問: 国税庁長官の移動を「適材適所」と麻生財務相も安倍総理も言っていましたが、御本人はどうお考えですか?

答弁: 在任中ほとんど国税庁長官としての仕事をしていないことからも、決して適材適所だったとは考えておりません。

 その他、延々と質疑が続きますが、私が飽きてきたので今回はこのへんで・・・・・。
 次回は、加計学園問題の柳瀬元首相秘書官のあらまほしき記者会見をアップします。

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2018年5月31日(木) 09:47

あらまほしきことのは

「あらまほしき」とは「あってほしい」、「ことのは」は「ことば(言葉)」である。

まずは日本大学アメリカンフットボール部(日大フェニックス)の内田監督(当時)の記者会見。

 「この度の関西学院大学との試合におきまして、我がチームの選手が反則タックルをし、相手の選手に怪我をさせてしまった事につきまして、日本大学アメリカンフットボール部の管理監督責任者として、相手の選手ご本人、ご両親、そして関西学院大学アメリカンフットボール部に対しまして心からお詫びを申し上げます。
昨日記者会見いたしました当事者の日大側の選手に一切責任はございませんし、彼にラフプレー、この度は反則で危険なプレーでしたが、これを指示した私は当然のことですが、コーチの指導の責任も、全て私にあります。
ご承知のようにアメリカンフットボールは他のチームプレーのスポーツよりも更に強い、いわばチームが一体となってオフェンスとデイフェンスがそれぞれ試合を進めるスポーツでありますので、役割を分担して、総司令部であります監督の意向をそれぞれのコーチが選手に伝えます。従いまして当然、一切の責任は監督である私にございます。
私はここで監督を辞任し、今後の大学連盟の処分も、法的な処罰も甘んじて一身で受けるつもりでおります。
心からお詫び申し上げます。
本当に申し訳ございませんでした。」


と、立ったまま話し、次に椅子から降り、靴を脱ぎ、土下座をすれば、マスコミの絵柄としては最高の記者会見となった。

余談だが、我が家は息子が立教大学のラッシャーズ、娘婿が慶応義塾大学のユニコーン、娘もチアリーダー、息子の嫁もマネージャーだったアメフト一家であり、私の中学時代の親友は日大フェニックスのOBであるので、今回の事件には多大な関心があった。
だからこそ内田前監督には、上記のような記者会見が「あらまほしかった」のである。


次回は、森友学園犯罪に関して公文書の改竄・隠蔽・破棄を指示し、部下を自殺に追い込んだのにこのたび不起訴になった佐川前国税庁長官、加計学園獣医学部許認可に関する虚偽とすっとぼけの参考人発言を繰り返した柳瀬元首相秘書官、財務省や官僚に責任を押し続け、自分はヌケヌケと総理大臣を続けている裸の王様阿倍総理の「あらまほしことのは」を書いてみる。

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