土屋きみやす−ツッチーレポート

2018年11月01日の記事

2018年11月1日(木) 15:03

最近の雑感諸々(もろもろ)

 歳をとったせいか、最近、「近頃の若者は・・・」というぼやきから、「近頃のテレビや新聞は・・・」という憤慨(怒り・あきれる事)が多くなりました。
 先日の読売新聞第1面「編集手帳」に、「袖振り合うも多少の縁」って書いてありましたので、新聞社に「語源は仏教の言葉で、“袖触れあうも他生の縁”でしょう」と指摘したのに、なんの回答もなく、編集手帳での訂正やお詫びもなかった。まあ、恥ずかしい文章を書いた編集者は無視したいのであろう。読売新聞ってこの程度なのです。

 NHKの大河ドラマ「西郷どん」での時代考証などの誤りは、毎回、随所に現れるので、最近は気にしないようにしている。
 でも、いくらなんでも、もう少し真面目にやってもらいたい。

 朝の連続テレビ小説も気になる。
 FBには書いたが、昭和20〜21年の終戦直後の屋台で、ラーメンを(ラーメンがその頃、既にもうあったかどうかも疑問だが・・・)、主役の夫婦が割り箸を使って食べていた。確か、私の幼少の時代に割り箸はなかった。ましてや屋台である。
 NHKの番組関係者全員が終戦直後を知らない世代なのであろう。
 その放映の数回後、世良という役の人が、世の中の不公平を表現するのに、「抑留された人もいれば、帰国出来た人もいる」とか、「戦犯もいれば〜」と言っていたが、終戦直後、一般の人が既に(シベリア)抑留の事実や、未だ始まるか始まらないかの極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決結果でいわれた「戦犯」という言葉を、既に知っていたはずがない。
 世の中、イライラする事ばかりである。

 新聞のエッセイ(随筆)筆者もいい加減である。
 ある人が、シャツのボタンホールの一番上だけが横長の穴だと最近気が付き、歳をとるのも良いもんだと書いていた。
 私がアパレル関係出身者だからではなく、誰でもボタンホールが立てか横かなど気にもしていない。ただ使いかっての良さからの常識なのである。
 更に、私が着ている数社のメーカーのシャツは一番下のボタンホールもほとんどが横長であるが、これは(ここでボタンは最後ですよ)というシグナルなのである。
 この程度のエッセイで原稿料を貰っている人が世の中には存在しているのである。

 NHKの時代考証者も同様である。

 世の中ほとんどこの程度なのでろうか、幼稚園の孫が時々テレビを見てイライラしている私に、「そういうもんよ」って言うけれど、そういうもんなのであろう。

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