土屋きみやす−ツッチーレポート

2019年01月04日の記事

2019年1月4日(金) 21:11

新年早々の雑感

 私の好きなこの季節の俳句に「こぞ(去年)ことし(今年) つらぬく棒の 如きもの」というのがありますが、あっという間に大つごもりから元旦を過ぎ、もう3が日までが終わりました。
 以前は大晦日の真夜中に始まる神社の元旦祭に参列したり、午前零時に初もうでしたりしておりましたが、最近は家で静かな時間を過ごしております。
 大晦日は恒例の「NHK紅白歌合戦」を見ていました。といっても昔から相も変わらない演歌歌手などがケバケバしい姿で出演するのがあまり好きではありませんでしたし、更に最近は、ほとんど知らない歌手やグループの曲で、これも見ているのが苦痛でもありました。
 ただ昨年は、大阪府立登美丘高校ダンス部のキレッキレのダンス(曲は「ダンシング ヒ―ロ―」)に驚き、感心したので、今年も何かあるのでは?と期待して見ておりました。結果的には特にありませんでした。ただ一つ、厚木出身のグループ「いきものがかり」のバックで踊るグループとその説明のテロップに「厚木高校ダンスドリル部」とありビックリしたのです。
 ネットで検索してみたら、男の2人は我が厚高の後輩!
 そういえば、ストリートミージシャン当時、大学受験の為に活動を休止したとかと以前のテレビで言っていたので、その後進学した大学を調べたら、一人は法政大学、もう一人は明治大学入学から再度チャレンジして一橋大学とあり、確かに出身高校は厚木高校でした。
 そして、紅白の男組でも女組でもない大トリはサザンオールスターズ!
 桑田佳祐は鎌倉学園から青山学院大学です。息子が鎌学当時に私はPTAの会長をしており、青学は私の母校!
 大晦日のテレビが、高校や大学への母校愛をチョッピリくすぐってくれたのでした。
 元旦は年賀状を読みながら、家族で新年を祝い、静かに過ごしました。
 2日の午後は菩提寺で総代と世話人としてのお勤め。私の為に用意しておいてくれたテレビで、箱根駅伝の往路の4区から5区あたりをじりじりしながら観戦しておりました。
 往路の結果は、母校の青学はトップ東洋大学と5分30秒差のまさかの6位。
 テレビ観戦で疲れた一日でしたし、娘一家がお年賀に来ているのに、夜まで菩提寺におりました。
 でもお寺のおせち料理はケータリングではなく大黒さん(住職の奥さん)達の作品とのことで、なかなかのものでした。



 普通、初夢は2日の夜、とのことで、毎年「七福神」と「なかきよの とおのねふりのみなめざめ なみのりふねの おとのよきかな (永き夜の 遠の眠りの皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな)」という回文の絵か、「1富士 2鷹 3茄」の絵を枕の下に敷いて寝るのですが、今年はすっかり忘れており、夢そのものさえも見ませんでした。



 ここではまったく余談でもあり、個人としてのことですが、“姫始め”のほうも、とうの昔の夢物語です。
 さて、3日は箱根駅伝の復路応援です。
 青学が数十年振りに出場するようになってから、6区のスタートあたりや、6区から7区への中継地点(鈴廣の所)、7区の茅ヶ崎あたりの松林、と応援するところを換えてきましたが、この数年は義理の姉が持っている国府津にあるケア付きマンション前で応援しております。
 偶然このマンションには青学出身者が多く、マンションの前は緑の青学の幟がずらっと並びます。
 7区は毎年快走をしてくれる林奎介君! 私たちの応援の効果か、昨年自らが作った区間記録にあと2秒に迫る区間賞で走ってくれました。

 復路の結果はご存知の通り、1位の“復路優勝”。
 やはり、「往路の東洋、復路の青学」だったのです。ただ違った事は往路復路共に大健闘した東海大学という伏兵(失礼!)の出現による総合優勝でした。 もちろんマークはしておりましたが、これほど逸材の粒揃いで、良い走りをするとは考えておりませんでした。 東海大学の大検討に賞賛の拍手をいたします。
 我田引水ですが、東海大学と川(金目川)を挟んだ対岸が「平塚市土屋」。そうです、あの辺り一帯が土屋氏発祥の所で、始祖“土屋三郎宗遠”のお墓や土屋城跡があるところなのです。
 さらに昔、我が店「VANツチヤ」大和店でアルバイトをしていた学生の多くが東海大学の大学生で、彼らとの接点から非常に親近感のある大学なのであります。
 閑話休題
 そうそう箱根駅伝の事でしたね? 青学にとってのライバルは東洋大学でした。
 とても取り返せないと思われたその東洋大との5分30秒の差をひっくり返し、追い越し、6位を2位にまで縮めた復路の後輩たちにも大いなる賞賛のエールを送ります。
 さても駅伝とは不思議な日本独特のスポーツです。
 その昔、パソコンや携帯はおろか電話やFAXもなく、電話さえも、郵便さえもなかった時代の通信手段が駅(通信を中継するポイント地点)から駅へ、手紙などを走りや馬や駕籠で伝達する手法でした。
 それをスポーツとしたので、個人競技であり、団体競技でもあるのです。
 往路の第1区はマラソンや長距離と同じ。 第2区以降は他の走者との駆け引きや、自分のタイムの戦い。
 第5区の山登りは、他の区間と異なる競技。
 などなど。
 私は、
 @ 第1区の走者選定と対策。
 A 往路と復路が全く違う(対、他の大学や走者との駆け引きなど)スポーツとして考え、対策を練る。
 B 区ごとの走者の選定基準と決断(当日までも)の明確化。
 C 山登りの対策。
 など、監督の責任と役割は非常に大きいものと考えます。
 今回の青学は、結果的に往路の2区、4区、5区の選手の走りが敗因と言ってしまえばそれまでですが、これは「たら、れば、」の話で結果論です。
 彼らの結果があったから、復路の大検討があったのかとも考えられます。
  どの大学も、選手の養成と指導、当日までの選手のコンディション見極め、総合競技としての対策等、やることは山積です。
 来年の、青学、東洋、そして東海大学、他の大学の、成果がさらに楽しみになりました。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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