土屋きみやす−ツッチーレポート

2007年11月5日(月) 00:00

2007/11/05 09:46

 いろいろと書きたい事がある。
 
 先ず、メジャーリーグで優勝した「ボストン・レッドソックス」の松坂Dice-K。
 大和市が会場(大和引地台球場)だった平成10年の神奈川ゆめ国体で投げている。
 そう、まだ横浜高校の松坂だった。あの時からすごい投手だった。PLの打撃陣が見送りの三振だった。
 大和市が会場だったバトミントンの天皇皇后両陛下の行幸啓における逸話と共に、この話はMixiの日記には書いたが、このブログでもいずれふれる。

 次に、全国で最初に「議会基本条例」を制定した北海道栗山町議会から、10月16日に開催した「議会基本条例に基づく栗山町第4次総合計画審議会委員との一般会議」の会議録とビデオ、当日の資料が送られてきた。
 この事については次回ふれる。

 さて今回は、『健康の天才たち』(山崎光夫著・新潮文庫・2007年10月発行・¥700)について書かせていただく。
 (http://www.shinchosha.co.jp/book/610234/参照)

 著者の山崎氏は「はじめに」の中で、日本に長寿社会をもたらした理由を六人の『健康の天才たち』に求め、その人たちを取り上げている。いわく「この国を、また国民を健康に導きたいとして活動した先人たちがいた。その人たちを、私は『健康の天才たち』と捉え、ここに独断と偏見で六名を選んでみた。私が選んだ六人の天才たちは、名前こそそれほど知られていないものの、その業績や健康術は、この社会に“空気”のように存在しているものばかりである。」と。
 その6人の内の1人が、西式健康法(西医学)の創始者 西勝造(私の大叔父)なのである。
 第五章のP.145からP.182にかけて、「西式健康法・六大法則の男」として、その逸話などを詳細に紹介している。
 全文を紹介したいが、ぜひ購読をお願いしたい。
 以前、ある人が「神奈川県が生んだ三偉人は二宮尊徳、権田直助(皇国医学者・大山阿夫利神社神官)、西勝造」といっていた事を思い出した。

 
 私の曽祖父母である藤吉・のぶの息子として我が家で生を受け、後に望まれ西家を継ぐ。
 したがって当然旧姓は土屋。
 とにかく面白い。
 もともと土木技術屋。
 現在でも丹那トンネルや下関海底トンネル建設工事に応用されている“セメント注射法”は西勝造の創始。
 日本は地震国だからと高架鉄道(今のモノレールなど)案が大勢の日本の土木界に、一人敢然と地下鉄推進を唱えた。
 この『都市交通革命論』に注目したのが、当時の東京市長後藤新平であった。
 詳しくはこの本を読んでいただきたいが、現在の東京が世界一の地下鉄都市になった立役者は勝造と後藤新平。
 
 そうそう健康法の話。
 セメント注射法でアメリカへの留学奨学金をもらいコロンビア大学に留学した。
 子供の頃、「20歳までしか生きられないだろう」と医者に言われた勝造は、この前後から古今東西の医学や健康法を研究している。
 それまでの医学のさまざまな事柄に真正面から立ち向かい、敢然と論争を挑んだ。
 もっとも世間が注目したものは、「毛細管網原動力説」である。
 これは血液循環の原点を毛細血管網にあるとする説で、今でも心臓がポンプという説に対立するものである。
 西勝造は「健康の四大条件・六大法則」としてまとめ、健康法を広めた

 長くなるのでこの程度にするが、私も西医学のおかげですこぶる健康である。
 この10数年間、人間ドックも健康診断も受けていない。
 いずれ、健康や西式健康法、西勝造に関する講演をしたいとも考えている。

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