土屋きみやす−ツッチーレポート

2008年4月8日(火) 00:00

2008/04/08 18:39

久しぶりに良い映画を観た。
 「明日への遺言」である。
 もともと私は、極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)にはオブジェクション(異議・反対・不服)を唱えている。

 その理由 @ 戦勝国が戦敗国を裁くことの正当性への疑問。
       A 「平和に対する罪」などという、事後法適用の欠陥。
       B “法の不遡及性(法は遡らず)”違反という重大ミス。
 などからである。
 
 裁かれるべきは、東京や名古屋などへの大空襲や広島と長崎への原爆投下という非戦闘員の大量殺りくを行ったアメリカこそ糾弾され裁かれるべきなのである。

 戦後の昭和史評価は“一億総懺悔”で、戦犯が祀られている靖国神社を毎年8月15日になると問題にする。
 
 戦犯はA級だけではない。この岡田中将のように世界各地でB級C級の戦犯とレッテルを貼られ、死刑になった人々が1,000人近くいることはもっと知られるべきであろう。

 さて、この映画の良い所は、弁護士はもちろんだが、検事や裁判所の判事までもが岡田資中将の人格に魅せられて行く、その表情や言葉である。
 また、映画や小説に不可欠な悪者が登場しないのも心地よい。
 ノンフィクションであるが故の結果であることを彷彿とさせる。
 膨大な日米の裁判資料等、史実に基づいている故の出来栄えともいえる。

 原作の大岡昇平著『ながい旅』も評価すべきである。

 それよりも何よりも、岡田中将が横浜法廷での自分の裁判を“法戦”と呼び、米軍の非人道的無差別暴爆撃の非を鳴らし、自分一人が死刑になることで部下を助けるという、裁判闘争の多くのシーンに感動した。

 岡田資(たすく)中将役の藤田まことも良い演技をしている。
 私の稚拙な映画解説より、ぜひ観て頂きたい映画である。
 原作を読むのもよいであろう。
 

 ところで、国を越えての裁判という観点から、最近の横須賀米海軍兵士のタクシー運転手殺人事件でまた話題になった「日米地位協定の身柄引き渡し条項」や、ロス疑惑事件に関しての日本での最高裁判決と殺人事件に時効のないアメリカの対応の違いなど、今後もずっと起き得るであろう国家間の問題などに関しても問題を提起してくれている。

 さらに余談をひとつ。
 映画の中で藤田演じる岡田中将が「政府と違い、軍には統帥権というものがある 云々」と言っていた。
 この“統帥権”がまた曲者で、中国大陸などあらゆるところで「上官の命令は天皇陛下の命令」と利用され、また「統帥権の干犯だ!」と利用されたことが日本を戦争の泥沼に引きずり込んだのだが、一般には解りずらい。

 軍と行政の違いは今でも解りずらいらしい。
 昨日、テレビ番組で「源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは1192年と教えているが、この年は頼朝が征夷大将軍になった年で、1185年に既に全国に守護・地頭を配置しているから、間違いである。」といっていた。
 しかし、これこそ勘違いである。
 “幕府”とは戦場の司令部のことであるから、征夷大将軍にならないと幕府は開けない。
 全国に守護(治安などを担当)や地頭(土地管理などを担当)を置いたのは、いわば地方行政官を配置したもので、軍時体制ではない。
 “幕府”を政府(行政体)の呼称と安易に理解している結果である。

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