土屋きみやす−ツッチーレポート

2008年9月29日(月) 00:00

2008/09/29 11:17

 ついに原子力空母“ジョージ・ワシントン”が母港の横須賀に入港した。  時、西暦2008(平成20)年9月25日。
 横須賀が両3年の約束で空母ミッドウエーの母港となり、その後インデペンデンス、キティホークと30数年。
 今度は原子力である。

 空母の母港そのものをここで止めれば、原子力空母は来なかった。
 そこが反対運動の限界だった。

 さて、私の最も手ごわい交渉相手であり友人でもある在日米海軍司令官ケリー少将からVIP待遇で招待状が届いたので、取材と情報収集のために行ってきた。

 さぞかし反対運動が大変だろうと思っていたら、歓迎派なのであろうか右翼のほうが騒がしかった。
 反対派はわずか海上のヨットやボート、遠くの公園に約300人。
 (相変わらずマスコミの取り上げ方はオーバーである。)

 その昔、原子力空母「エンター・プライズ」が佐世保にチョッと寄港しただけで、反対デモが数万人(社会党・共産党系約五万人、三派系全学連約二千人)だったのに。
 隔世の感を感じるのは私だけではないであろう。

 さて、それぞれのご意見はご意見として、実態を写真でご紹介する。

横須賀港12号バースに滑るように着岸する「ジョージ・ワシントン」
甲板には乗組員が整列



12号バーズの陸上で行われたアライヴァル・セレモニーの様子。
シーファー米大使、ウインター海軍秘書官、中曽根外務大臣の代理、赤星海上幕僚長、バード第七艦隊司令官、ウーレン第五空母航空団司令官。
司会進行はケリー在日米海軍司令官



原子力空母「ジョージ・ワシントン」から第七艦隊旗艦船「ブルー・リッジ」を望む



艦載機を乗せたままでの入港。
戦略的には考えられない風景



20年位前、厚木基地渉外部長だった私の古い友人シブルカ・アキラ氏
(現・米海軍司令部の作戦・計画・訓練部 軍政・政策アドヴァイザー)と。
甲板上ではほとんど彼が私の案内役を務め、多くの米側要人を紹介してくれた


 今回は以上にするが、状況によっては第二弾、第三弾と、資料などを使って報告する。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

Comments

TrackBacks

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨