土屋きみやす−ツッチーレポート

2009年1月31日(土) 00:00

オバマ大統領就任演説の最後

 前回の最後に「We」,「Our」、「Us」の多さに言及したが、前半部分で「For us 〜」で始まる短いフレーズが3ヶ所あった。

 「われわれのために、彼らはわずかな所持品を荷物にまとめ、新たな暮らしを求めて海を渡った。」

 「われわれのために、彼らは劣悪な環境で懸命に働き、西部に移り住んだ。またむち打ちに耐え、硬い大地を耕した。」

「われわれのために、彼らはコンコード(独立戦争の激戦地)やゲティスバーグ(南北戦争の激戦地)、ノルマンディー(第二次世界大戦で連合軍が上陸作戦を行った場所)、そしてケサン(ベトナム戦争の激戦地)のような場所で戦い、死んでいった。」


 余談だが、私達のブルーグラス・バンド「グレート・ピース・ピッカーズ」が昨年11月に“大和カルバリー・チャペル”でコンサートを行った時、「アショカン・フェアウェル」という南北戦争を描いた美しいヴァイオリンの曲を演奏したが、その時、私は曲の説明で「アメリカ人にとって、最も辛くて悲しい歴史上の出来事は“南北戦争(Civil war)”、“ベトナム戦争”、“9:11テロ”である」と定義した。

 オバマ大統領は、南北戦争とベトナム戦争と共に、独立戦争とノルマンディ上陸を挙げて9:11テロは避けたが、国民全体の連帯と今後の対外政策に対する配慮だろうと私は理解した。

 さて前置きや余談が過ぎた。
 本題に入ろう。

 7回目の拍手は、

 「だから、あらゆる人種と信条の男女と子供たちが、この壮大なナショナルモールに祝福のために集まることができるのだ。」

「だから、60年足らず前には食堂で給仕もしてもらえなかったであろう父を持つ一人の男が、最も神聖な宣誓をするため皆さんの前に立つことができるのだ。」

 のフレーズの直後である。

 この少し前に、

 「今われわれに求められているのは、新たな責任の時代だ。すなわち、米国民一人一人が、自分自身やわれわれの国家、世界に対して責務を負っていることを認識することだ。」

 という部分など、どこを切り取っても歴史的な言葉、すなわち”珠玉の言霊(ことだま)”といっても過言ではない演説だった。

 さて、最後の部分である。


 「アメリカよ。共通の危機に直面した苦難の冬に、この不朽の言葉を記憶ににとどめよう。希望と美徳を胸に抱き、凍て付く流れに立ちはだかり、どんな嵐にも耐えてみせよう。子孫たちにこう言い伝えさせよう。試練にさらされたとき、われわれは旅を終えることを拒んだのだと。われわれは振り返ることも、たじろぐこともなかったのだと。そして地平線を見据え、神の慈悲を感じながら、自由という偉大な贈り物を抱き、未来の世代に無事に届けたのだと。」

 少し間をおいて、大拍手が起き、鳴り止まなかった。

 拍手までに若干の間が空いたのは、大統領が演説の最後らしい盛り上げをあまりせずに終えたからなのか、まだ演説が続くように聞こえていたのか、あるいは多くの人が聞き入っていたからなのであろうが、そこには確実に時間と空気の一体感が感じられた。

 ここで多くの日本人の演説、たとえば総理大臣の施政方針演説などを引き合いに出すような野暮なことは書かない。

 オバマ大統領の演説を鑑賞するだけに留めておきたいだけである。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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