土屋きみやす−ツッチーレポート

2010年6月7日(月) 00:00

さがみ龍馬先生顕彰会での講演、無事終わる。

 私にしては、最近には珍しくチャンと準備事前をした講演を無事に終えることが出来ました。
 この会は単なる龍馬のファンクラブではないのだから「さがみ龍馬先生顕彰会」という真面目な名称にしたので、初回の私の講演も真面目に龍馬先生を検証する設立記念講演にすべく心掛けました。

 講演をさせていただく手前、事前にまず司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み直し、後は真面目な龍馬研究本を出来るだけ読みました。
 龍馬関連の本は10冊も読んでみるとお分かりのように、内容の8〜9割は同じ内容で、それ以外も間違いや解釈の違いの比較程度のものが多いのです。

 このたびの講演で私が心掛けたのは「龍馬の人生中に起きた有名な出来事を話すのはサワリ程度にして、出来るだけ33年の人生の起こした、或いは起きた事の原因や結果、そしてその与えた影響」を紹介しようといたしました。

 講演のポイントを次に列挙いたします。


 @、長州藩の欲しい武器(ミニエール銃やゲーベル銃など)と、薩摩藩の必要な米と、亀山社中の欲しい船(ユニオン号)を調達する役割を任された近藤長次郎(商家まんじゅう屋の出身で亀山社中の設立時からの同志)が、謝礼金でイギリスに留学しようとして切腹させられた事件での、後日そのことを知った龍馬の思いなどの考察や、薩長同盟について、当初は中岡慎太郎に任せていたが、最後はやはりその実現に乗り出した龍馬の役割などから、適材適所と、事象の修復や調整能力の素晴らしさを。

 A、いろは丸沈没事件での「万国公法」を使っての交渉能力。

 B、あくまでも徳川幕府を武力討伐すべしと主張する長州藩の志士達や武闘派の中岡慎太郎(中岡慎太郎はアメリカの独立戦争を模範としていた)と、新政府綱領八策の「○○○を盟主に〜」の個所で、大政奉還後も国のトップになれると徳川慶喜に思わせ大政奉還をさせた龍馬の政治力、しかし龍馬の目的とするのは(同じ国民同士が殺しあうというアメリカの南北戦争の悲惨さを避ける)平和維新と民主主義国家の成立を構想していた事。

 C、自分がその立場になる訳でもないのにわざわざ福井まで出向き、幽閉中の由利公正に維新後の日本の財政対策を相談しているという、公共の為に命をかける姿。

 D、龍馬が暗殺された後、明治新政府は長州主導となり、後には次々と各地に一揆や各地の乱が頻発、更に薩摩は西郷隆盛が下野し西南戦争に至った経過の考察や、土佐は板垣退助をはじめ自由民権運動に向かい、その流れから中江兆民や幸徳秋水といった明治社会主義が出現した事などから、将に「死せる孔明、生ける仲達を走らす」といった事象。

 F、 幻の書『藩論』を紹介し、その中から龍馬が考えていた地方自治体(藩)の姿。

 などの話をしました。

 「不世出の大偉人」と私が表現した、奥の深い“坂本龍馬”という人物を少しでも紹介出来たのでは、と、今は充実した達成感に満たされております。


 写真は翌日の神奈川新聞記事です。これも御覧ください。

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