土屋きみやす−ツッチーレポート

2010年8月23日(月) 00:00

NHKの大河ドラマ“龍馬伝”について

 先般、「さがみ龍馬先生顕彰会」が発足して私が記念講演をした関係もあり、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を毎週みているが、まず私個人の感想では主役の福山某を始め、ミスキャストが気になる。
 野生的な坂本龍馬を演じるにはハンサム過ぎるし、彼の喋る薄い唇と話し方の口元が龍馬という大きな人物を矮小化してしまっている。
 龍馬をはじめ幕末の人々が多くの写真を残しているので、ヴィジュアル的にも気になるのであろう。
 岩崎弥太郎も同様である。役者としては評価するとしても、この役はミスキャストである。

 先日の講演でも話したが、NHKはリアルさを演出するのに、幕末をホコリと汚さと怒鳴りあいで表現出来ていると勘違いしている。安易な演出である。

 黒沢映画の篠突く雨と、疾走する馬や人々、低いカメラアングルには程遠い。

 岩崎の家や家族の場面などでは、時には不愉快にさえなる。

 ドラマとはいえ、事実に無い事柄や間違った場面も多く、気になる。

 最近では、新撰組の近藤勇が寺田屋に来てお龍に言い寄り、更に薩摩の西郷某と名乗る龍馬が部屋に入って、近藤の気を失わせるという場面まであった。
 更に、その近藤が龍馬を襲い、龍馬と一緒に寝ていた北辰一刀流の千葉定吉道場の重太郎と刃を交えたのには驚いた。
 こんな事実は、どこの資料でも読んだことはない。

 ストーリーの展開の中で「亀山社中」と「海援隊」も混同しているし、船や銃を必要としていた長州藩に薩摩藩の力を借りて実現させた社中の近藤長次郎が長州からの謝礼でイギリスに留学しようとして発覚した際、彼を詰問する社中の一人が「亀山社中は利益を求めないことになっている」といったのには驚いた。
 龍馬は亀山社中やその後の海援隊を、西欧の「カンパニー」として通商や貿易を海運業で行い、利益を上げようとしていたのである。
 利益を追求するのが社中(会社・カンパニー)設立の目的なのである。
 長次郎が長州藩からの謝礼金でイギリスに留学しようとした事が、私利私欲で動くことを禁じていた社中の規則に反したので、彼は切腹したのである。

 最近(8月末)、亀山社中(?海援隊)のユニフォームが白い着物と袴になってドラマに登場し始めたが、英国水夫殺害事件の時に嫌疑が掛けられるきっかけとなったのがこの着物なのである。
 しかし、このユニフォームは“白筒袖”であり、残念なことにドラマでは普通の着物と袴である。

 細かい事を気にしていたらイライラするばかりであり、(これはドラマなんだから)と自分に言い聞かせながら観ている。

 また日頃大変お世話になっている某大学の名誉教授がオープン・キャンパスでの講演の内容をCDにしたものを送って下さった。
 万延元年遣米使節150周年のお話で、私の知らない内容もあり、大変勉強になったが、まくらの部分(講演の導入部分)で、海援隊の構成メンバーが後の明治維新を象徴するように、「薩摩・長州・土佐の人たちだった」とおっしゃていた。残念ながら事実は違う。

 海援隊士はほとんどが土佐の出身(約16人)で、わずかに越前福井藩出身の小谷耕蔵と渡辺剛八など6人、越後長岡出身の白峰駿馬他1名、そして紀州和歌山出身の陸奥陽之助(維新後は宗光と称し、農商務大臣・枢密院顧問・外務大臣などを歴任、条約改正と日清戦争の外交指導に尽力)、讃岐出身1人がいたのみで水夫や火夫を入れて50人ほどで、その中に長州や薩摩の出身者は1人もいなかった。

 またその方は講演で、幾つかの藩とともに岩崎弥太郎が亀山社中の設立資本金を出資しているかのようなお話をされていたが、事実は逆である。
 亀山社中が海援隊となりその後は土佐藩の海援隊となったが、旧幕藩体制が終焉を迎えた時に、後藤象二郎が土佐藩の貿易商社である「土佐商会」と共に、土佐海援隊の資産も岩崎に移譲している。

 自分の研究している分野に関しては、いろいろと気になるのである。

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