土屋きみやす−ツッチーレポート

2011年5月23日(月) 00:00

最近感じた事など。

 このところ私は、未発見歴史資料『復古論』の巻1と2を国立国会図書館で発見(3は今だ未発見)し、それに関する記載のある英字新聞を東京大学明治新聞雑誌文庫で確認した(参照:1月20日付、日本経済新聞・文化欄)が、それらのことなどをその後の東日本大震災前日の3月10日、坂本龍馬に関する講演を相模原市内で行った際にも言及した。
 最近は龍馬の尊王思想を研究し始めている。龍馬が描いていた日本の将来は立憲共和制度が基本的な姿だったのだが、幕末時勢は尊皇であり、この『復古論』にみられるように立憲天皇親政志向だったからこそ、研究が必要なのである。

 しかしその為に、当然、幕末の尊王・勤皇思想を水戸学などから研究しなければならず、更には鎌倉・室町・江戸の幕府との関係にも関心が広がる。
 最も面白かったのは、鎌倉幕府を倒し、天皇親政の建武の新政を実現させた南北朝時代の後醍醐天皇であるが、そのきっかけも龍馬の憲政思想を書いたといわれる海援隊出版の『藩論』に書かれている“楠正成”の評価あたりからであった。

 それにしても、実に天皇制を軸とした日本歴史は興味深い。
 近世や近代、現代においても、歴史的な大変換期には天皇の存在が大きくクローズアップされている。

 話を現代に置き換える。
 大震災後数回、このブログ「ツッチー・レポート」で、東日本大震災後に天皇陛下が避難所だけではなく被災地を訪れることや、那須の御用邸の提供などを献言した。

 まさか天皇・皇后両陛下や宮内庁が私のブログをご覧になったとは思わないが、両陛下が被災地を訪れこうべを垂れ、また避難所では床板にひざまずかれて被災者にお声をかけられたのを見て、一人の日本人として、とても心が癒された。

 明治天皇の御製

 「 民草のうへやすかれといのる世に 思わぬことのおこりけるかな 」

 や、昭和天皇の御製

 「 わざわひをわすれてわれを出むかふる 民の心をうれしとぞ思ふ 」

を思い出した。

 ちなみにこの昭和天皇の御製は昭和21年2月21日に始めた地方巡幸のときのものであり、終戦直後のこの時、天皇は、

 「私のパンだけ白いのは困る。国民の配給のと同じにしてくれ。」

と言い、また、

 「戦災の国民を考へれば私は平気だ。十日間位風呂に入らなくても構はない」

とおっしゃったとのことである。

 余談だが、皇太子ご夫妻だけならまだしも、秋篠宮ご夫妻まで行く必要はないと思う。
 天皇陛下の“行啓”か、両陛下の“行幸啓”だけが望ましいからである。

 続いて最近の政治状況に言及しようと思ったが、日々のニュースのどれもこれも余りにも次元が低いので次回にする。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

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