土屋きみやす−ツッチーレポート

2011年7月21日(木) 00:00

世の中は本当に狭い。

 先日、「土屋きみやすを囲む会」という集まりが我が家で行われた。

 大学時代とは若干異なる(もう少し古い、従ってマイナーな)ジャンルの音楽(オールド・タイミー&ジャグ・バンド)を大学卒業後に少しやっていた(バンド名は 「1920th Medicine Show Infamous  Family Jug  Band 」という長い名前)が、当時、横浜開港記念館でのコンサートに出演した時の音源(当然オープン・リール)を保存している人がいて、CDにプリントしてくれた事があった。

 その頃の事を知っていたり、その手の音楽が好きな人たちが我が家にお出でになったのである。

 10数人の内、始めてお出でになった4人の、何と3人と不思議なご縁があったのである。

 お一人は、私の英語の学校(英語教育協議会・通称ELEC)時代の友人と同じ職場(学校・M大N野高校)で教鞭をとっているのである。
 当時その古い友人とは比較的仲が良くて、スキーや東北3大祭り巡りの旅などを一緒にし、現在もお付き合いをしているのだが、その友人が「私の友人にも同じ音楽をやっていた人がいる」と話したことから、共通の友人と判明した。

 もうお一人は、「お仕事は?」と訊いたら、「半導体の会社です」というので会社名を訊いたら、何と我が家の息子と同じ会社なので驚いた。

 そして3人目である。
 航空宇宙学の学者で、40年数年前の横浜開港記念館のコンサートの関係者の一人でもあった。
 お礼のメールで、御自身の御両親の家も我が家のような昔の古い日本家屋だったという話から、ナント!母親同士が相模原磯部の荒磯尋常小学校時代の同級生だったということが判明したのである。
 尋常小学校時代の写真、名簿、同窓会の写真などをメールで送って頂き、改めて世間の狭いことに驚いた。

 更に県立厚木高校の話になり、厚高から東大に進んだ化学者の溝呂木勉さん(「溝呂木ーヘック反応」で有名)はお母様の実家とのことで、またまた驚いた。
 この方が御存命であったならば、今回のノーべル化学賞の3人目は溝呂木さんだったろうと云われている。
 (厚木高校のHPをご参照ください)

 まだまだいろいろな関わりがメールで続いたが、本当に世間は狭いし、つくづく、「悪いことは出来ない」なぁと、実感した。
 (尤も、悪いことはしていないからこそ、こうして嬉しい人間関係が拡がって行くのである。)

 季節は将にお盆、“ 人触れ合うも 他生の縁 ” である。

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