土屋きみやす−ツッチーレポート

2011年11月22日(火) 00:00

最近読んだ本と、大和市の不祥事について



 10月後半から11月中旬にかけて、町田市の皆様への講演、地元下鶴間の皆様への講演、相模原市の皆さんへの講演等が続いたが、その間に読んだ本(5冊・写真参照)と内容や感想を先ず書いてみる。

 最初に、我が菩提寺である大林寺(横浜市緑区長津田)の開基である岡野融成江雪という人物に関する本2冊『泰平の彼方へ』と『岡野融成江雪』。

 菩提寺の執事さんから頂いた、『泰平の彼方へ』という小説は小田原北条(鎌倉の執権北条歴代と区別するために、俗に後北条と呼称する五代続いた北条家)の後半に仕え、その後、秀吉、家康にもその人物を評価され、仕えた岡野融成江雪の事が書かれいるので、興味深く読んだ。
 作者は小田原土木事務所にも在職していた神奈川県の職員の稲川眞人という方であるが、とても良く調べており、小説とはいえ、大変勉強になった。
 この著者は居合道を能くされる故、刀に造詣が深く、江雪から秀吉→家康→紀州頼宣に伝わった名刀“江雪左文字”(現・国宝)の事も詳しく書かれている。

 更に、私と大林寺の総代仲間である井上氏の奥様・井上美保子さんが書いた『岡野融成江雪』を改めて読んだ。この本は史学的にも完成度の高い歴史研究書で、以前頂戴した時、すぐに読了したのであるが、何処かにしまい込んでしまい、又、頂戴して読ませていただいた。執筆者の井上美保子さんは、鶴見大学付属中・高校や神奈川学園中・高校で先生をされており、彼女が嫁いだ井上家は岡野家に仕え、江雪の古文書などを管理している大林寺開山以来の檀家である。

 ちなみに、講演をさせていただいた町田市観光コンベンション協会の皆さんも大林寺と岡野江雪には多大な関心があり、今後、大林寺や岡野江雪をテーマにした勉強会も考えているとのことである。

 次に読んだのは、経済産業省で改革派官僚として活躍をしたために閑職(窓際)に追われ、最近、遂に辞職を迫られた古賀茂明氏の『官僚の責任』である。
 この本と著者に関しては、ご存知の方も多いと思うので、内容の紹介やコメントは省略するが、我が国の将来を憂慮する方や、政治・行政・官僚に関心がある方は是非お読みいただきたい。

 続いて、市長現職時代に何度かお会いしたケビン・メア(当時:駐日米大使館安全保障部長)氏の『決断できない日本』を読んだ。
 この人は、大の親日家で福岡の主席領事時代からその後も、締め込み(ふんどし)姿で博多祇園山笠を担ぐという、愛すべき人物である。

 この本の圧巻は、福島第一原発事故後、アメリカからの支援である「トモダチ作戦」のオファーに対する日本側の回答である。
 アメリカの支援申し出(提供できる品目のリスト送付)に対する日本の回答の部分を以下に引用する。
 「日本政府はどの支援品目が必要という回答ではなく、長々とした質問が繰り返されてきたことがありました。たとえば、支援リストに無人ヘリも記載されていましたが日本側はその性質や特徴に関する事細かな質問や、放射能で汚染された場合の補償はどうなるのかといった暢気な問い合わせを返信してきたのです。」

 また「御巣鷹山での悲劇」として、衝撃的な事実が書かれている。
 JALの御巣鷹山墜落直後、在日米軍は夜間行動をとることのできるヘリと夜間スコープを持つ捜索救助部隊の出動応援を申し出たのに、日本政府に断られたというのである。
 のちに自衛隊のヘリに吊り上げられ救助された少女が、「暗くなる前にはたくさんの人の声を聞いた」と証言していた、というのです。多くの助かる人命がここでも失われていた。

 御巣鷹山でも福島原発事故でも、政治の決断ができない、だれも責任を取りたくない、という日本の政治の実態がこの本に証言されている。

 この本の主題は沖縄問題をはじめとする基地問題・日米安全保障上問題に関することで、メア氏の発言に関する共同通信社の意図的な報道に反論したのものであり、横須賀や厚木基地、特に私の市長時代に方向性を実現した空母艦載機部隊の岩国基地移転問題など、ほとんどの記述箇所に関して、私はメア氏の立場と主張を支持する。
 (日米地位協定以外は・・・。)
 どこかの組織で、是非メア氏に講演をお願いしたいものである。
 彼は日本語が堪能であるから、日本語での講演も可能であろう。

 さて、最後の一冊。
 神田の古書店の店先にある100円コーナーで買った『幕末の長州』である。
 田中彰著で、サブタイトルは「維新志士出現の背景」とある。
 この本の中で、大いに勉強になったのは村田清風による長州藩天保改革の内容と、その後の坪井九衛門の改革案などであり、さっそく大学の講義にも「現在の日本やギリシャ、イタリアなどの財政改革の参考として」として引用した。

 他にも、薩摩と長州の交易の関係や、奇兵隊のその後(他の諸隊から大村益次郎による帝国日本陸軍に至るまでに与えた影響など)、龍馬斡旋の「商社示談箇条書き」、更には現在の私の研究テーマに関する示唆など、たった100円で多くの知識とアイデアを得た。

 これらの5冊の本から、役人(江戸時代の藩士・公務員・官僚など)について、いろいろと勉強をしていたら、大和市の贈収賄事件のニュースが飛び込んできた。
 本当に不思議な事に、普段ほとんど見ないTVKを観ていたら(というよりチャンネルをガチャガチャ回していたら)、突然、見知った顔が“謝罪会見”をしていたのである。

 まるで天か神のような偉大な存在によって私に知らせるが如き瞬間であり、副市長や担当部長などの顔が、私の知っていた頃とは全く違う人物に映っていた。

 市民・納税者からお預かりした大切な税金を、市民・納税者の為に使うのが基本であることは「戒石銘」で現職時代、何度も職員に訓示してきたのに・・・・・・・・・・・・・・。
 (「戒石銘」の内容については、次回ご紹介する。)

 因みに、私が市長をしていた3期12年間、テレビカメラに向かって頭を下げるような不祥事は一回もなかった。


 管理者たる者の管理・監督責任とは非常に重いものであり、こういう犯罪という不祥事は絶対、未然に防がなければならない。

 収賄の疑いで逮捕された職員を私は知らないし、事件そのものは今後の調査で明らかになるのであろうから、ここでは管理者責任を、感じたまま書いてみる。

 このニュースを見て、「類は友を呼ぶ」という言葉が思い浮かんだが、むしろ「朱に交われば赤くなる」という言葉がふさわしいと感じた。
 管理者たる者は、しっかりと管理・監督をすることによって、経綸も無く、大和市の事も知らないトップを支えるべきなのに、トップの顔色を伺ってばかりいると、部下がこういう不祥事を起こすのである。
 「主、主たらずといえども、臣、臣たらざるべからず」である。

 その後、ある集まりで会った市民の方が「今回の大和市はひどいですね。」と言われたので、「普通の自治体、二流かな?になっちゃいましたね」と答えたら、「二流、三流以下ですよ、そんなこと言ったら二流、三流自治体に失礼ですよ」と反論されてしまった。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

Comments

TrackBacks

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨