土屋きみやす−ツッチーレポート

2014年10月13日(月) 08:15

第3回目の講義は“坂本龍馬の政治思想”




 最初の5回くらいまでの講義は地方自治や地方議会の事が続くので、ここらへんでチョイと視点を換えて、坂本龍馬がポスト徳川幕府の新しい時代にどんな政治体制を考えていたか、の内容にしました。

 レジュメは、
 1.封建時代は本当に「上意下達」社会だったのか?
 2.封建時代といえども、日本は柔軟性のある国家・社会だった。
 3.厳しい実態は干ばつや災害の場合であり、身分を越えて等しく皆が被害者だった。
 4.坂本龍馬の政治思想を『藩論』から読み込む。

 で、最後の4.では、海援隊の出版物『藩論』(写真)の中から、龍馬が考えていた選挙と議員や議会についてをテーマに講義しました。

 『藩論』とは明治元年(慶応四年)十二月に二百部限定で出版されたもので、現存するのは同志社大学絲屋文庫の一冊のみであり、私が京都大学図書館で閲覧し、コピーしてもらった復刻版と、霊山顕彰会の脚注・解説付きの活字本から講義資料を作成いたしました。

 文中の第二から、
      @ 身分の平均化
      A 大公会(全体の広議の場所の提案)
      B 各藩の大小、家臣の多寡に準じた(議員の)定則数
      C 入札(選挙)の実施
  を、

 そして第三から、 
      @ 入札の実施。復択(再選挙・互選)
      A 一般大衆にまで選挙権・被選挙権を与える
      B 政令・施行も選ばれた人材(議員)と藩主
       (自治体の長)とで
      C 各藩(地方自治体)の選挙の明細は次巻で述べる
 といった、内容を講義しました。

 それにしても、明治になって、それも自由民権運動のあとやっと開設した国会でさえ選挙権は一定額以上の納税者で、男子のみだったことを考えると、龍馬の開明的な民主主義には驚くばかりである。
 さらに幕末、議会制度や選挙での選択法を提案した人は多くとも、その対象は大名と武士に限られていたことを考えると、農民や商人などの庶生・庶子までをイメージしていた龍馬に感服するばかりである。

 近江屋で中慎太郎と共に暗殺されたのが維新の前年、慶応三年十一月だった事と、この次の巻が藩(地方自治体)の政治体制構想だったことからも、明治維新後、もっと生きていてほしかった男である。

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