土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年1月5日(月) 18:16

こいつぁ 春から あっ 縁起が 良い〜いわい。

 新年 明けまして おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。


 さて、なんと母校の青山学院大学が箱根駅伝(正式には確か「東京箱根間大学対抗駅伝大会」)で、往路・復路・総合と、ぶっちぎりの優勝(写真)をしてしまいましたので、急きょ、箱根駅伝に関する秘話をご披露させていただきます。

 そもそも青山学院大学も33年前までは出場しておりました。
 当時、私はメンズショップを経営しており、大晦日の夜遅くまでお店を開いていましたので、両親や祖母が健在の頃は元旦を家族全員で過ごし、1日〜2日か2日〜3日には家内・息子・娘を連れて箱根宮ノ下の富士屋ホテルか箱根ホテル(改装前のレトロな頃)でお正月を過ごしていました。従いまして毎年行きか帰りの途中で、往路か復路の応援をするjことになったのです。

 その後、青学も出場しなくなり、子供達も大きくなり、私も自分自身が選挙に出るようになったので、箱根でお正月を迎えるということもなくなりました。
 そんな10数年前、大和の中央通りにある喫茶店「チボー家」に立ち寄った際、マスターの塚原さんから「市長の母校がまた箱根駅伝に出るために大和スポーツセンターのグラウンドで練習していますよ。大学からの援助もないので、安い家賃の合宿所を探しているんですが・・・。」と言われました。
 「チボー家」ではその青学の陸上部員たちに食事等のサービスしていたようで、私もとても感激し、さっそく友人の不動産屋さん「大和住販」の井社長に安い家賃のアパートの斡旋をお願いし、実現いたしました。
 これらの事は、ほんの数年の事で、監督も現在の原監督の前(確か渡辺監督?)でしたので、今回ほとんど、というか全く、報道はされておりません。

 吉川英治の俳句に「菊づくり 菊見るときは 影の人」というのがありますが、まさに青学前監督、チボー家の塚原マスター、大和住販の井社長たちは、立派な菊をつくった影の功労者なのです。
 大和市に関係していた証拠として、現在も毎年1月に行われている大和市駅伝に、中央林間の1チームとして当時の選手たちが参加した事があります。ぶっちぎりの早さだった事も今となっては良き思い出ですし、その証左であります。御記憶の方もいらっしゃると思います。

 さて私は、青学校友会湘南支部の1員として7年くらい前から応援に行っておりますが、私自信は箱根に行って応援したいので、のぼりを4本いただいております。
 2日は家族が集まりますので駅伝の応援は復路の3日と決めており、2010年は芦ノ湖の復路スタート地点で、2011年と1012年は6区から7区への中継地点である風祭の「蒲鉾鈴廣」で、2013年と2014年は湘南支部の皆さんと茅ヶ崎海岸、と転戦して参りました。
 今年は小田原の国道1号線に面した義姉のリゾート・マンション(老人向けケアマンション?)前で、7区走者の応援をいたしました。
 (写真2枚は7区走者で区間1位の小椋裕介選手)





 私にとって箱根駅伝は、このようにいろいろな思い出があり、今回このブログに書かせていただきました。


 数年前、青学陸上部のOBから陸上部のエンブレム(写真)をいただきました。私にとっては、とても大切な宝物であります。

 新聞やテレビでは、監督は原さん、合宿所は淵野辺、グラウンドは町田、と現在のことだけがクローズアップされておりますが、ここに至るまでにも多くの歴史があったのです。
 そうした歴史の上に今回の快挙が加わり、まさに「こいつは 春から 縁起が良いわ〜い」となったのです。

 出場した選手の皆さん、補欠に回った他の部員、関係者の皆さま、そして何よりも応援して下さった皆さまに心から御礼を申し上げます。
 有り難うございました!

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