土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年2月7日(土) 22:25

期末試験の採点と評価を終える。

 期末テストの採点と評価(ランキング)が終わった。

 4時限目のほうは採点もランキングもスムースに終わった。というのも、出席率などで単位をとるのが難しい学生がテストを放棄してくれたからである。

 他方、2次限目のほうは学生の何人かをCにするかD(不合格)にするかで悩んだ。ペーパーテストの出来が悪いのに出席率が70%以上の数人は悩んだ末、結局Cで救ったが、出席率も足りず成績も悪かった数人はDにせざるを得なかった。
 原則的には単位をみんなに与えたい私としては、将に“泣いて馬謖を斬る”心境であった。 

                                
 新学期は、ボーダーラインを出席率70%・成績30点以上で、厳格に評価をしようと思う。

 そうそう、大正大学から引き続きの講義依頼があった。新学期も従来と同様、講義を受け持たせていただくことになった。

 ところで、2時限目のテストの中で、「田中正造が現地の実情視察をお願いした歴代農商務大臣の中で、たった一人だけが個人の立場で赴いた その人の名を記せ」という設問をしたが、ほとんどの学生は正解の「榎本武揚」と書いてくれた。
 惜しかったのは、「江本」とか「武陽」と、字を間違えた数人。彼らは減点にした。
 多かったのが「佐藤一斉」。
 佐藤一斉については私が講義の中で、門人の大塩平八郎が彼の著書『洗心洞箚記』の序文を頼んだのに書かなかった事や、同じく門人の渡邊崋山が蛮社の獄で罪を問われた時、他の門人が助命を頼んだのに動かなかったことから、所詮、陽明学者ではなく昌平坂学問所の朱子学者だったことなどを話したから印象が強かったのであろう。佐藤一斉は明治まで生きていないし、もちろん明治新政府で大臣をやっていない。

 その他、板垣退助、林述斉、渡邊崋山、後藤新平など、講義で話した人物が書いてあったが、みな誤り。
 後藤新平は農商務大臣をやったが、彼は足尾銅山の現地視察をしていない。私が尊敬する政治家だが、この事を知った時に私はガッカリした。

 その他の不正解では、島田三郎という回答も数人あって驚いた。講義で島田三郎に言及していないのに、である。

 4月までは休養期間のようにホットする春休みである。



 ところで、2月15日の日曜日にはご覧のようなコンサートが鎌倉である。
 私は最初の主催者挨拶から最後まで、総合司会を務める。
 我がバンド(グレート・ピース・ピッカーズ)は最後の出番(オオトリ)なので、ずっと出続け&しゃべり続けである。
 絶対に楽しい会にするつもりですので、是非おいで下さい。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

Comments

TrackBacks

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨