土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年5月30日(土) 19:01

大学講義の事など。

 ブログの更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

 さて、大学の講義ですが、第六回目「坂本龍馬のアメリカ共和(民主)主義知識の考察」、第七回目「海援隊の出版物である『藩論』から、坂本龍馬の政治思想を考える。」、第八回目「龍馬以外の人物に見える海外知識」という題で、坂本龍馬の思想とその知識を得た経緯や影響を受けた人物、更にはその“共和思想”について行った。
 今回の講義の準備として、改めて龍馬の(略)年表を自分自身で作成し、また『藩論』を読み込んで見たが、その情報収集能力と受容力、更にはそれらを受けての冷徹な理解力と判断力、それらを実現させる実行力・行動力プラス先進性には感心した。
 講義の後、気になっていた部分を若干手直しし、加筆した坂本龍馬の略年譜をここに掲載しましたのでご覧ください。



 『藩論』の中でとりわけ驚いた部分を一つだけ大学での資料をそのまま掲載させていただく。(添付資料の「『藩論』の“主権在民論”記述部分。」である。)


 要するに、政治が良く行われるならば一般大衆の政治(共和制)でも良いし、天皇中心の政治(君主制)でも国が乱れるならば良くない、とまでハッキリと言い切っているのである。この時代に、である。
 これは、第二次世界大戦以降アメリカによってもたらされた現代の民主主義政治(共和制とまではいかないが・・・)と、昭和の初め頃からどんどん泥沼化して行ってしまった軍国主義をそれぞれ比較していただけると解り易いと思う。
 「昭和20年8月15日以降、やっと坂本龍馬の希求していた政治体制が実現した」、と、指摘する人がいたが、将にそういうことなのである。
 「天下を治め、国家を理(おさ)める権(権利・権力・権限)は、ただ人心の向かうところに帰すべし」とは、けだし名言である。

 ジョン万次郎のように、本人が望んだわけでもないのに、船が遭難し、その後アメリカに渡るといった、将に運命に翻弄されながら、気付いたら、日本の近代化に多大な貢献をした人もいれば、坂本龍馬のように、おそらく本人が考えていた以上に結果的に日本の近代化に多大な貢献をした人たちが、幕末から明治にかけて多く輩出した。
 歴史から、そして有名人物の一生から、社会への貢献や社会参加というものを考えるのも、決して無駄なことではない事を感じた。

 ところで、今年の夏にも「横浜木鶏クラブ」から(龍馬をテーマにして)という講演依頼を頂いていますので、この坂本龍馬の略年譜を使いながら「坂本龍馬のすべて(Oll About Ryouma)」という内容での講演を考えています。
 会場は未定ですが、8月21日(金曜日)の夜という日程は決定しておりますので、是非お出で下さるようお願いいたします。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

Comments

TrackBacks

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨