土屋きみやす−ツッチーレポート

2015年11月23日(月) 15:13

大学講義で郷土(神奈川県)の生んだ“憲政の神様”と呼ばれている咢堂こと尾崎行雄について話しました。

 「大学での講義をこのブログに随時アップしますよ」と、学生に言ったのにあまり取り上げなかったのは、春季の講義と同じジョン万次郎や坂本龍馬がテーマだったためにブログの履歴と重複してしまう理由からである。

 ただし講義では、今日的な話は盛り込んでいる。
 例えば、海援隊の船「いろは丸(大洲藩からの借り入れ)」が紀州藩の「明光丸」と衝突した海難事故の事後処理には、このところ毎朝NHKで放映中の連続テレビ小説「あさが来た」に出てくる薩摩藩の五代才助(後の友厚)がその交渉力を発揮したとか、「共和(Republic)」という説明に、将にこのところ連日ニュース(パリの同時テロ事件)になっているフランスの歴史(革命、“政教分離”の考え方、そしてその結果の、今の“共和国”の話)などである。

 その中で、第一次大隈内閣(板垣退助らとの連立だったことから“隅板内閣”とも言われる)がたった1年で瓦解していしまった原因の一つに、尾崎咢堂の「共和演説事件」というのがあったことから、尾崎咢堂を取り上げたので ある。
 その講義のレジュメと、資料の咢堂の略年譜を掲載させていただきます。





 もうひとつ、床の間の後藤新平の掛け軸を尾崎咢堂の書に換えました。
 書が若干弱々しいのは、咢堂が90歳の時のものだからです。



 出典は「中国の『酔古堂剣掃』の一部「肝胆相照らせば 天下と共に 秋月を分たんと欲す」だと思われます。

written by kimiyasu [ツッチーレポート] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(0)] [TB(0)]

この記事へのトラックバックPingURL

Comments

TrackBacks

土屋きみやす−ツッチーレポート

MySketch 2.7.4 written by 夕雨